17.訓練開始

8/9
前へ
/295ページ
次へ
 あっという間にはしごを下りたクリフォードは、早速スーツケースを開け、エアポンプのホースの片側を帰還船側に、もう片方をテントの空気注入口につないだ。スイッチを入れると、空気が送り込まれる音とともに、簡易ハブは見る見る間に膨らみ、ものの一、二分で、サバーバン二台分ほどの大きさになった。  形は長方体で、外皮はコバルトブルーだった。この色は、赤い地表の上だとかなり目立つ。相当遠くからでも視認できるだろう。クリフォードは、簡易ハブの四隅にせっせとアンカーを打ち込んでいた。空気圧が弱い火星なら、テントが風に飛ばされることはまずないが、何らかの理由で動くことは考えられる。その際に、エアポンプとの接続口が外れたら、空気が漏れる恐れがあるからだ。  簡易ハブにとって、最も避けなければならないのは、空気の漏洩だ。外気との気圧差が大きいので、そのまま入口を開けると、内部の空気が爆発的に吐き出され、テントは瞬時に潰れてしまう。潰れるだけならマシだが、もし中の人間が与圧服を着用していなかったら、気圧が真空近くまで降下するので血液が短時間で沸騰する。もちろん命はない。そのため、出入りには必ず小型のエアロックを経由する。 「まずは、私が入る」  最初に入室を試したのは、マディソンだった。テント外皮には、一カ所だけ不格好に飛び出た部分があった。高さは二メートル強で、人一人がやっと入れるくらいの大きさだ。ハブの角の部分に、一メートルほどせり出している。ここが簡易のエアロックだ。マディソンは、シールを外して、薄い透明な幕状の「扉」を開け、中に入った。内側からシールを丹念に閉めたあと、テント側にもう一つある「扉」のシールを開け始めた。瞬時に簡易エアロックの外皮が、中からの圧力でパンパンに張った。
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加