18.緊急事態

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18.緊急事態

 ケイ、クリフ、クリフォードの順で、テント入室は問題なく済んだ。  簡易ハブの内部は、一気圧弱に与圧されているが、火星の大気をそのまま送り込んでいるので、空気成分の大半は二酸化炭素だ。当然酸素マスクを着けなければ呼吸はできない。滞在が長期に及び、酸素に余裕がある時は、呼吸可能な空気を送り込んだ上で、二酸化炭素除去などの生命維持装置をエアポンプに連結し、マスクなしでも呼吸できるように空気を調整する。ただ、装置の調整と空気の混合に手間とエネルギーが必要となるため、一泊程度の短い使用の際には酸素マスクをして過ごすのが通常だ。  「これで一息だな」  マスクの具合を確かめながら、マディソンが言った。  ハブの内部は、キャンプ用だとしたら、かなり大きい部類に入る。大人四、五人が大の字になって寝られる広さだ。天井はある程度高く、身長が二㍍あっても、腰をかがめずに立てる。ミニエアロックの近くには、気圧調整などをしているポンプなどの外部機械をコントロールするための簡素なパネルがあり、赤や緑のLEDランプが忙しく点滅していた。 「俺たち地上班は、オリンポス到着まで、三週間以上もビークルの中で寝泊まりになりそうだ。テントを使える機会があればいいのだが、酸素と水素に限りがあるからなあ」  クリフォードがつぶやいた。苦労して与圧服を脱いでいる俺たち新人二人を尻目に、早々にTシャツ姿となり、床で足を伸ばしてくつろいでいた。  簡易ハブは、クリフォードが説明したように、出入りの際に気密が破れると、一気に中の空気が外に流出し、ものの数秒で外と同じ百分の一気圧以下に減圧する。そうした不測の事態に備え、エアロックを使用する際、中にいる人間は必ず与圧服を着用するのが鉄則中の鉄則になっている。今回は四人が入室したが、最初に入ったマディソンも、最後にクリフォードが無事にエアロックを通過するまで、与圧服を着たままだった。全員が中に入り、エアロックを閉じ切ったのを確認して初めて、与圧服を脱ぐことができるのだ。このきまりのため、四人はクリフォードの入室を確認した後、ほぼ同時に与圧服を脱ぎ始めた。しかし、最も早く脱ぎ終えたのは、最後に入ったクリフォードだった。
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