18.緊急事態

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「味付けに使ったイチゴは、火星農場産だぞ。ディアナは、ビタミン成分を損なわずに完成させるのに苦労したと言っていた。ビタミンは熱処理に弱いからな。もっとも火星には食物を腐敗させるような菌類は皆無だから、生ものでも保管場所さえきちんとすれば、めったに腐ったり、カビが生えたりはしない。文句はいろいろあるだろうが、野外活動をするクルーの士気にかかわるので、ディアナも試行錯誤しているんだ。少しの間、我慢してくれ」  チューブ二本の食事は、ものの五分ほどで終わった。味そのものは、個性的だがまずいという程ではなかった。しかし、ケイは「確かに味気ない」と思った。  必要なカロリーと栄養素はこれで補給できるかもしれないが、満腹感が沸いてこない。食事を終えても気持ちが満たされないのだ。こんな食事が何日も続いたら、気力は萎えていくだろう。生きていく上で、食欲や満腹感がこれほど重要なものだと、今まで真剣に考えたことがなかった。  食事のあと、四人は、互いの趣味や家族のことなど取りとめない話をし合った。山登りのキャンプと一緒だ。 「これは千載一遇のチャンスだ。火星コロニーの歴史に残るミッションになるぞ」  マディソンは目を輝かせていた。 「これまで、火星コロニーは、金食い虫の厄介者だったかもしれない。だが、中国が動き出したことで、環境は一変した。これから火星は科学技術だけでなく、フロンティア精神を試す最前線になる。停滞していた火星開発の主導権をどっちが握るか、これは一種の戦争だ。当然、我々が最後には勝つのだが…」 「十人も一度にオリンポスに異動させるなんて、随分大胆な計画ですよね。ブレ博士がよく許可しましたね」  クリフォードが言った。 「ユージンは最後まで慎重だったさ。いつものようにな。しかし、今回のミッションは的場の発案だ。無碍に却下はできないさ。ユージンだって、本当は自分で行きたいくらい、この案に乗り気だったんだ。目を見りゃ分かる。人選に多少不満はあるが、重い腰を上げたことは評価するよ」  マディソンは得意げだった。彼はこのミッションの意味を良く分かっている。コロニー・オリンポスの建設が成功したら、「火星の父」の称号は、マディソンのものになるかもしれない。
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