18.緊急事態

5/6
前へ
/295ページ
次へ
「長い一日だった。そろそろ睡眠を取ろうか」とマディソンが提案した時、時計は午前零時を回っていた。  ケイはマニュアルで定められた通り、与圧服用のインナーを着用したあと、与圧服を寝袋代わりにして、テントの隅に横たわった。静かに目をつむると、今日の出来事が瞼の奥に次々と浮かんできた。  コロニーから帰還船までの徒歩移動、五時間に及んだ軌道再突入シミュレーション、簡易ハブへの入室―どれも今までにない新鮮な経験ばかりだった。地球ではタフさを売りにしてきたケイだったが、さすがに疲労感をごまかすことができなかった。横のクリフは軽い鼾をかき、早くも眠りについている。酸素マスク越しのくぐもった鼾を聞いているうちに、ケイの意識もすぐに遠のき、泥のような眠りに落ちた。  その時、耳に飛び込んできた甲高い電子警告音を、ケイはどこか遠く、というより夢の中で聞いた感じがした。  しかし、それは現実だった。マディソンが「減圧だ。与圧服着用」と怒鳴っている声に反応し、すぐに目を開けたが、視界はぼんやりとしている。どのくらい眠っていたかは、判然としなかった。頭が働かず、すぐに現実の世界になじめなかったが、横でマディソンとクリフォードがヘルメットを慌てて着けているのを見て、ようやく事態の大きさを悟った。 「急げ。ヘルメットだけでも早く着けろ」  マディソンが叫んだ。クリフも飛び起き、寝ぼけ眼でヘルメットをつかもうとしたが、手が滑って下に落とした。コツンという間の抜けた乾いた音がした。  ケイは寝袋にしていたつなぎの与圧服に袖を通し、前のマジックテープを閉じ、その上から手早く気密シールをした。就寝時に与圧服を寝袋替わりにする意味が身に染みて分かった。  次にヘルメットを手荒くかむり、首の部分の金具を与圧服の襟についている円形の金具に接続した。自分の呼吸がやたらと大きく聞こえる。  普段だと、呼吸用の酸素は、背中のバックパックからヘルメット内に送られてくるが、一刻を争う事態なので、酸素マスクを抱きかかえたままヘルメットを着けている。体温を保ち、湿度を調整するための機器を収めたバックパックとの接続は、与圧服の準備が済んだあとに確保すればいい。とにかく、今は与圧服内の気圧を確保することが、命を保つための喫緊の仕事だ。
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加