18.緊急事態

6/6
前へ
/295ページ
次へ
 ケイはさらに足元に落ちていたグローブを左手からつけ、与圧服の手首の金具に固定した。右手のグローブをつけ終え、取りあえず最低の仕事を終えたとき、心拍数は百㍍を全力疾走したあとのように跳ね上がり、頭がクラクラした。  隣ではクリフがまだヘルメットの金具接続に苦労していた。俺は「あせるな」と声を掛けた。グローブをつけた手で横から下手に手伝うと、逆に作業を遅らせてしまうので、冷酷なようだが、自分のことは自分で、というのが与圧服着用の原則なのだ。 「気圧低下。テントがつぶれるぞ。衝撃姿勢を取れ」  マディソンが怒鳴った。とっくの昔に、マディソン、クリフォードの二人は着替えを終え、衝撃姿勢、つまり腹ばいになっていた。急激な減圧で空気と一緒に外に吸い出されないためだ。ケイもそれに習い、床に伏せた。クリフはようやくヘルメットを着け終え、横になりながら手袋着用に悪戦苦闘していた。  数秒後、やっとクリフが手袋を着け終えた時、マディソンが与圧服の二の腕部分についているディスプレーを何やら操作した。 「クリフ四十九秒。ジェフ三十三秒。一気に減圧したら、数秒で血液が沸騰し始める。このスピードだと、万一の時には与圧服を着終える前に命が尽きるぞ。少なくとも二十秒以内に何とかしなければな」  マディソンの口調は、面接官のようで、軍人としての長いキャリアを強く感じさせた。 「それじゃ、これは…」  与圧服を着け終えたばかりのクリフが、腹ばいのまま息を弾ませながら声を絞り出した。マディソンに向けられた視線はうつろで、半分涙目だった。 「熟睡状態から何秒で与圧服を着られるかの訓練だ。初めてにしてはまずまずだが、これでは不充分だ。サバイバルのためには、もっと鍛えなければならない」  話しながらマディソンが立ち上がり、ヘルメットを外した。まだ心臓が早鐘を打っていたケイは、与圧服を脱ぎ始めたマディソンを見上げながら、安堵感と疲労感でしばらくその場で動くことができなかった。 「陸軍のレンジャー訓練に比べたらマシさ」  クリフォードが諭すように言った。
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加