21.プレゼント

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 オリンポス行きに向けた訓練やミーティング、そしてニュースのレポート。ケイはそれから一カ月近く、朝から晩まで休みなく働いた。自分の居室には窓がないから、いつが朝でいつが夜なのかは、時計を見なければ分からない。常に認識していたのは、とても長い間、カメラを覗き、メモを取り、映像を編集し、原稿を書き、カメラに向かってレポートしているという感覚だけだ。しかし、長時間働いても、労働をしているという実感はほとんどなかった。むしろ、その生活全体を楽しんでさえいた。  火星コロニーでの毎日は、仕事と生活が渾然一体となり、区別をつけることなどできなかった。ここに住む人は全て、自分も含めたコロニーの全員が生きていくために必要な何らかの仕事を担っている。農場で野菜や果物を収穫しなければならない時もあれば、燃料電池や生命維持装置のメンテナンスを手伝う順番が回ってくることもある。ケイも例外ではいられない。時には記者としての仕事より、コロニー任務が優先することもある。  そして、火星に来て四カ月が過ぎた今、ケイは記者としての仕事に関しても、自分の中で微妙な変化が起きたのを感じ始めていた。ここでの生活になじむまでは、優れたレポートを地球に送るという仕事は、地球での失点を挽回するためであり、そこで成功が得られれば地球への帰還が早くなる、そんな程度にしかとらえていなかった。  だが、今、この赤い星での記者活動は、自分自身のためというよりも、この星に住んでいる人達、将来住むであろう人達に利益をもたらすものであって欲しいと、ケイは考え始めていた。記者としては、間違った態度かもしれない。立場がコロニー住人側に寄り過ぎているのは自覚していた。地球で仕事をしていた時は、取材対象に喜ばれる記事を書くことは、ある意味、堕落であり、後ろめたい行為だった。しかし、ここでは何もかもが違っていた。
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