21.プレゼント

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 食堂に入った時、すでにブレ一家はテーブルについて、何やら談笑していた。 「遅くなって済みません。データの転送に手間取ったもので…」  ケイはアダムの方を見て詫びた。アダムは何だかソワソワした様子だ。 「構いませんよ。毎日ニュースを送るのは大変でしょうね」  サラがいつもの柔和な表情をたたえて迎えてくれた。 「この前、ロシアの友人がメールを送ってきましたよ。ケイが火星に来てから、随分とコロニーの様子が分かるようになったって。特に、ここ数カ月は、地球でも火星への関心が特に高くなっているようで、ニュースでも最初の方にケイのレポートが放送されることが多くなったようですよ」  アダムは横でニヤニヤしている。ケイは空いていた席に腰を下ろした。 「いい匂いがしますね。今日のメニューは…」  質問に答えたのは、エプロン姿のユージン・ブレだった。キッチンに立ち、鍋をかき回していた。 「ボルシチだよ。食材が揃いづらいので、めったにできないのだが、今日はケイの壮行会だからね。ちょっと奮発してみたよ」  ブレ博士がウインクした。こうした和やかな雰囲気に包まれていると、自分がブレの家族になったような気持ちがした。 「ケイ」  サラの後ろで落ち着かない素振りだったアダムが、俺の前に進み出てきた。両手で小さな箱を大事そうに持っている。三十㌢四方くらいの金属の箱だ。 「まあ、アダム。食事の前だというのに、もう待ちきれないのね」  サラがアダムの肩を軽くなでた。アダムはサラを振り返り、バツの悪そうな顔つきをしたが、すぐに向き直り、「これ、プレゼントです。オリンポスで、もしもの事態になったら使って下さい」と言って、箱を差し出した。 「プレゼントかい…。ありがとう」  ケイはそう言って箱を受け取った。地球なら包装紙やリボンを外すところだが、火星で紙は貴重品だ。むき出しの箱も、かつてはコロニーか宇宙船で別の部品に使われていたものを再利用したものに違いない。 「何だろうな。開けさせてもらうよ」 早速、ふたを開けた。  中に入っていたのは、片手の掌に収まるサイズの小さなビデオカメラだった。見た目はもちろん、表面の材質感も、それが手作り品であることを明確に伝えていた。 「これは…。一体どうしたのかな」。ケイは驚いて言った。 「僕が作りました。この前、ケイにカメラの配線図を見せてもらったでしょう。レンズとCCDの能力が低いので、ケイの使っているものほどの解像度は出せないけど、ちゃんと録画できます。メモリーに記憶するファイルの形式やデータの圧縮方法は、ケイのカメラと同じにしました。送信機器とのインターフェイスも問題ないはずです。バッテリーも、今のカメラのものをそのまま使えるようにしました。ケイ達は、オリンポスに行ったら、しばらくは帰ってこられないんでしょう。もし、その間に今のカメラが故障して、交換ユニットが底を尽いたら、ニュースを送れなくなりますよね。僕も、お父さんもお母さんも、それでは困ります。ケイには頑張ってもらいたいんです」  アダムは照れ臭そうに言った。少し顔が赤くなっている。身長は地球だと高校生くらいあるが、まだ十歳になったばかりの子供だ。俺は思わずアダムを抱きしめた。 「ありがとう。最高のプレゼントだよ。それにしても、これだけのモノを作れるなんて。時間がかかっただろう」  ケイは感動したのと同じくらい、感心していた。 「クリフォードやリチャーズさんにも手伝ってもらいました」 「この一カ月は、ほとんど工房に入り浸りだったものね」。サラが言った。アダムは笑いながら、「これまでに僕の作ったモノの中では最高傑作さ」と胸を張った。 「倉庫の中にも、使える部品がたくさんあるんですよ。ちょっと手を加えたら、もう二つか三つは同じカメラが作れると思うよ。今度は飛行機を作るんです」
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