21.プレゼント

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「飛行機? 火星で飛行機を飛ばすのは難しいだろう」  ケイは思わず言ってしまった。極めて薄い火星の大気の中を飛ぶためには、揚力を発生させるために現実的ではないほど巨大な翼が必要になると聞いたことがある。 「飛行機を浮かすためには、重さと揚力が釣り合えばいいのです。火星は重力が地球の三分の一です。とすれば、空中で釣り合うための揚力も地球の三分の一です。空気が薄いので、翼は大き目にはなっちゃうけど、その分機体を軽くできれば、何とか飛べるというのが僕らの計算なんです。空気抵抗が小さい分、推進力は少なくて済みます。ということはエンジンが小さくなります。機体が軽量化できれば、翼もさらに小さくできるという訳です」  アダムはこともなげに言い放った。この子のスケール感には驚かされてばかりだ。 「僕らって言ったね。アダムの他にも、このプロジェクトに関わっているメンバーがいるの」 「僕がリーダーで、サブリーダーはシャルルだよ」 「シャルル。あの子はまだ七歳じゃないか」 「一週間前に八歳になりました。それにシャルルは、流体力学に天才的な才能があるって、的場さんが言ってました。今、いろいろと機体の形状を設計しているんだけど、シャルルのアイデアがとても役に立っています。細かな計算はまだ難しいけど」  あっけに取られていたケイを見て、ブレ博士が笑っている。両手でボルシチの入った鍋を持ち、テーブルに向かって歩いてきた。 「こと科学的な研究に関しては、大人と子供の区別はないんだ。それがこの星の鉄則の一つさ」  ブレ博士は鍋をテーブルの上に置き、それぞれの皿に琥珀色のボルシチを注いだ。香ばしく芳醇な匂いが食欲をそそった。 「地球の教育機関のように、全ての科目を満遍なく教えることはできないが、子供の興味、意欲次第では、ある分野の才能を一気に開花させることはできる。それは火星だけじゃない。幼い子供が、大人顔負けの記憶力や分析力を見せることは地球でも珍しくないだろう。我々は子供の持つ能力をこれまで過小評価していたのかもしれない。アダムとシャルルの『航空機プロジェクト』には、このコロニーの大人のエンジニアも五人ほど関わっている。子供の遊びに見えるかもしれないが、これは大真面目な研究なのだよ。アダムもシャルルも、大学で航空力学や物理学の博士号を取っているような連中とも対等に議論できる場面もあるのさ。逆に大人にはない発想で、技術のブレークスルーを呼び込むきっかけを作ることもある。ごく近い将来にはプロトタイプの航空機が火星の空を飛ぶ。君たちが出発したあと、すぐに機体の組み立てが始まるだろう。これは模型サイズだから、まず間違いなく理論通りにうまく飛ぶ。次には、無人の実用1号機を作る。1号機の最初のフライトは、オリンポス・コロニー向けと決めている。農場産の野菜や果物をたっぷり届けてあげるよ。順調に行けば、君たちがオリンポスに着いたあと、半年くらいで実現できるはずだよ」 「そこまで具体的に進んでいるのですか」
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