21.プレゼント

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 火星の住人たちがコロニーで分担している仕事は、それぞれに高度な知識と経験を要するが、作業の目的自体は生きていくための基本的な種類のものが多い。酸素やメタンを作る装置を調整したり、農場で農作物を管理したり、ハブの設備を修理したり、増設したりすることは生きていくための最低限の行為に近いのだ。火星の岩石から有効な成分を抽出して金属やプラスチックを作ることだって、その生活の質をワンランク高めるために他ならない。  コロニーではそうした日々の仕事の一つ一つが、住人のサバイバルやより快適に生きるという単純な事柄に反映される。だから、割り当てられた仕事は、どんなに単調なものであっても、高いレベルの責任を伴う。ここの住人はそのことを充分に理解している。  ケイはここで生活を始めて四カ月余りの間に、コロニーのみんなの職業モラルの高さに感心していた。それは人間的に清廉潔白だというのではない。食堂のパーティーで酔っ払い、羽目を外すことはしょっちゅうだし、公会堂で殴り合いのけんかを目撃したこともある。それぞれの国を代表してここに来ているので、立場によって政治的な駆け引きをすることだってある。性に関しては、地球よりもルーズな面もあり、男女間のトラブルも珍しくない。しかし、それぞれに与えられた仕事への働きぶりは、極めて高いレベルにある。  人一人が生きていくためには、必ず他人の力を必要とする。それは地球でも同じだが、整い過ぎた社会システムの中では、一人の役割や存在感は極めて希薄になる。自分の存在価値を見つけることに苦心し、他者とのつながりも忘れられがちだ。しかし、地球から遠く離れたこの星では三十八人の住人が、「生き抜く」という単純な目的のために、主義・主張や個人の思想、嗜好を超えて、自分の知識、技能を全力で出し合っている。その姿は、まるで一流のプロサッカーチームのようだ。  能力に秀でた選手たちは、普段バラバラに見えてもひとたびゲームが始まると、ゴールを目指して一つになる。その時、選手の性格や私生活は、大きな問題にならない。大事なのはチームを勝たせるために、どんなパフォーマンスを見せられるか、ということだけだ。ゴールを求められるポジションの選手もいれば、始終走り回って「つぶれ役」に徹しなければならない選手もいる。いろいろなタイプの選手たちが、チーム戦術をしっかり理解して、統率された動きをした時に、チームは素晴らしい成果を獲得できる。  火星コロニーの住人たちは、皆その道のプロフェッショナルばかりで、その上、コロニーを存続させるための戦術を全員が完璧に理解している。ケイは、そうした共同社会に身を置き、地球では味わったことのない緊張感と居心地の良さを感じていた。
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