22.ビークル発進

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22.ビークル発進

 コロニー・オリンポスを立ち上げるための作戦が動き出す日がやって来た。マーズ・ビークルでオリンポスを目指す六人の地上班が出発するのだ。  居住棟には、人が出入りするエアロックと反対の北側に、ビークルの格納庫がある。シンプルだが頑丈な造りで、小さな体育館ほどの広さがある。ここにビークル三台全てと部品類がストックされている。コロニーの住人は、この収納庫を「駅(ステーション)」と呼んでいる。  火星の地表を長距離移動するのに欠かせないのが、三台のビークルだ。用途によって仕様が異なり、性能も外観も個性的だった。  一台目は四輪バギー車を大きくしたような外観で、その名もズバリ「バギー」と呼ばれている。四人が乗れる流線型の操縦キャビンは強化プラスチックの風防で気密が保たれる。大気圧が低い火星では、走行時の風圧は走りに影響をほとんど与えないので、キャビンを流線型にする積極的な理由はないのだが、デザイナーはラリー・カーのような形状を選択した。六年以上前から活躍しており、三台の中では最も古株だ。メタンガスを燃焼させるエンジンを使用し、ハイパワーでスピードも速い。純粋メタンを目一杯燃やすと、シリンダー内の燃焼温度が高くなり過ぎ、エンジンブロックがもたないが、火星大気の二酸化炭素を不活性緩衝気として加えることで燃焼温度を下げ、故障を少なくしている。ただ、液化メタンのタンクに重量を取られるので、貨物の積載量は少ない。定員いっぱいの四人が乗ると、活動期間は数日しかない。  二台目は、上から見ると楕円形に近い車台で、巨大なオフロード用車輪がそれを支えている。正立方体に近い気密式キャビンは広く、定員は最大八人。キャビンの後ろには貨物を載せる広いスペースもあった。スピードより居住性と積載貨物量で勝負するタイプだ。乗せる人数を減らして、できるだけ機器を積み、科学的調査に出動することが多い。エチレンを燃やすエンジンと電気モーターのハイブリッドで、バギーと比べて燃費が良いのも長期的活動に向いている。空いたスペースに、エチレンから酸素や水素を取り出す科学機器を積めば、活動期間をさらに伸ばすことができる。火星住人は「ラボ・カー」と呼んでいる。  最後の一台は、車幅、車高の調節が可能なタイプで、路面が荒れた場所での走行を得意としていた。山岳地帯や渓谷の探索用に開発された最新型だ。動力は、メタンエンジンと電気モーターのハイブリッド。最大の特徴は、キャビンが取り替え可能という点だ。通常は四人乗りだが、車幅を目一杯広げると、六人乗りの運転席を載せることもできる。交換しやすいように、キャビンは球形をしていて、ユニットごと容易に取り替えられる。最高速は三台の中で最も遅いが、低速トルクは最も強く、最大六人が乗った状態でも三〇度くらいの斜面ならすいすい登る。動きは幾分のろのろしているが、着実に前に進む堅実さから、コロニーの住人はこの車を「キャメル(らくだ)」と呼んでいる。「ラボ・カー」ほどではないが、貨物もかなり積める。  オリンポスに向かうビークル班は、古株で信頼性の高い「バギー」と六人乗りにしたオフローダー「キャメル」を使用することにした。ともにメタンエンジンを使用しており、燃料を互換できるというのも選択の理由のひとつだ。地上班六人のうち、三人がバギーに乗り、残る三人と移動に要する三週間分の食料や水などをキャメルに積む。
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