22.ビークル発進

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 ピカールがビークルの最終点検を始めた後、地上班のメンバーやブレ一家、マディソン夫妻らが次々と「駅」に集まってきた。出発一時間前の午前七時ごろには、コロニーのほぼ全員が集合してごった返し、本物の駅のようになった。 「ここにいないのは、ポールぐらいかな。ところでポールの具合は最近どうだい」  出発直前の撮影が一段落したケイに話しかけてきたのは、的場誠一郎だった。的場は、ケイたちが乗っていく帰還船の管制をはじめ、このミッションの統括責任者に任命された。出発準備が追い込みに入ってきた最近は、睡眠時間がほとんど取れないくらい忙しいが、相変わらず気さくで明るい話しぶりだった。 「火星に着いた頃に比べると、相当回復したと思います。抗鬱剤も効いているようです。ただ、一カ月くらい前から、不眠症がひどいみたいで、今は睡眠サイクルの朝晩が逆転しているみたいです」 「それじゃ、今ごろの時間はやっとの思いで浅い眠りについた頃か…。起こすのは忍びないな。火星に着くまでの半年の飛行で、精神を痛めた例は過去にもあった。ここで快方したケースもあれば、悪い状態のまま予定よりも早く地球に戻ってしまった例もあった。ここで命を落とした不幸な人間もな」 「自殺ということですか」  的場は無言で頷いた。的場はポールが精神を病んだ状態で到着してから、ずっとその病状を気にしていた。一緒に火星に来たケイにいろいろと聞いては、ポールとの接し方をアドバイスしたり、時にはカウンセラーやドクターへの診察を勧めたりもした。的場はケイがポールの第一の友人だと見ていた。それはあながち間違いではない。このコロニーにいるのは、科学者やエンジニア、医者ばかりだ。専門技術を持たない民間人は、ケイとポールくらいのものだ。ケイは仕事柄、コロニー住人の誰にでも気軽に会えるが、ポールはそうはいかない。彼にすれば、気の置けない会話相手は、ケイくらいしかいないだろう。 「ポールが感じているプレッシャーは、ここにいる全員が等しく受けている。それをプレッシャーと自覚するか、しないかは別としてもね。しかし、プレッシャーへの耐性が少しばかり弱いからと言って、彼を見捨てることは僕にはできないんだ。本当に心配しているのは、ケイがオリンポスに行った後だよ」  「確かに…」。ケイは言葉に詰まった。後でポールの部屋を訪ね、話し相手になってやろうと思った。
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