22.ビークル発進

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 出発式は簡素なものだった。ユージン・ブレ博士が、出発する六人と一人ずつ握手を交わした後、短いスピーチをした。 「私は、君たちが羨ましい。オリンポスの新たなコロニーは、火星という壮大なフロンティアの将来に、ひと際重要な意味を持つ。その建設は人類史上、類を見ない挑戦として、後世に語り継がれる。この壮大なチャレンジに携われることを、誇りに思わない人間などいるだろうか。諸君には月並みに『頑張れ』などとは言わない。それぞれが、持てる能力の全てを発揮して、この任務を完遂してくれることを確信しているからだ。ただ一つ、伝えたいことは、諸君を心から誇りに思っている、それだけだ」  オリンポスへの旅は観光旅行ではない。命を落とす危険も少なからずある。しかし、出発する隊員にも、仲間を見送るコロニーの住人にも悲壮感は全くなかった。緊張気味なのは、ケイだけのようだった。 「二泊三日のレジャーに出掛けるような感じですね」  隣にいたジム・マディソンに話し掛けた。ジムはちらっとケイを見て、全てを理解したような表情をした。 「いつも通りだろう。とても重要なミッションなのに、ピリピリした感じがしないのが不思議か」。ジムは口角を少し下げた。 「それはな、火星にいるということ自体が、重要なミッションだからだろう。ここにいる人間の大半は、火星に着くまでの間に、大きな重圧の下でも自分がやらねばならないミッションを完璧にこなす技術や精神力を身に付けた。ケイだってそうだろう。周りもそれを知っているから、危険な旅であっても、こうして気楽に送り出せる。危険はどこに潜んでいるか分からない。人間だからミスもある。運が悪ければ命を落とすかもしれない。だが、彼らは間違いなくベストを尽くす。それさえ分かれば、あれこれ心配する必要はないんだ。さらに言えば、ここにいるみんなが思っているのさ。『火星に無事に辿り着いた自分が、こんな所で死ぬわけはない』ってな」  ケイは無言で頷いた。ジムの言葉の持つ意味が分かるということは、自分も火星の住人になりつつあるということなのか。
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