23.警告音

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 コロニーに着いてから、ケイはどんなに忙しくても、週に二、三回は必ず農場を訪れるようにしている。明るい光に満ちたドーム内で、植物の匂いに満ちた空気を胸いっぱい吸い込むことが、何にも代えがたい解放感をもたらしてくれるからだ。 「ポールは農場に結構来ているのかい」  エアロックから農場に入ると、いつもようにトマトの青臭い香りがした。適度な水分を含んだ空気が体に染みわたった。 「あ、うん。この前来たのは、十日くらい前だな。ほら、バスケットボールの試合をした日だよ」  バスケットボールの試合の日のことをケイは覚えていた。二週間以上前のことだ。 「もっと頻繁に来なくちゃ。ここに来ると、リラックスできるだろう。ポールに必要なのは、のんびりした環境と時間だよ」  二人でトマトの栽培棚を歩き回りながら、取り留めない話をした。ポールはたまに気のない相槌を打つ程度で、話を聞いているのか定かではなかった。気まずい沈黙に陥った時、不意に、壁に取り付けられた大きなファンが回り始めた。場内の空気を攪拌するために、定期的に回る扇風機だ。五つの大きなファンが動くと、場内には微風が流れ始めた。ケイは野菜や果物の匂いのする風を心地よく感じ、隣にポールがいることを一瞬忘れそうになった。 「エンタープライズ2号機は、ケイたちが出発する翌日に発進だね」  ポールがいきなり切り出した。視線は農場を覆う透明な天井の辺りをぼんやりとさ迷っている。 「ああ、そうだね」  ケイはポールが次に何を言いたいのかが分かった。 「七カ月後には、二人の我儘な金持ちがここにやって来る。僕は少なくとも一年近くも、そいつらの面倒を見なくちゃならない」  ポールはつぶやいた。ため息にならない吐息をついた。 「モンローとクルゼイロだったっけ。どんな人間なんだい。単なる金持ちではないようだが…」 「モンローは根っからの宇宙オタクさ。十代の頃から通算すると、月面基地に四度も行っている。莫大な金を費やしてね。そのうちの一回は、滞在が一カ月以上あった。親のコネで入った三流大学では、宇宙物理学を学んだようだが、成績はどうかな」 「彼はここでは何をするつもりなんだい」 「一応、将来のビジネス展開に向けたリサーチをする気らしい。ま、どこまで本気か分からんよ」 「火星開発に資金を出してくれるかもしれないぞ。クルゼイロの方は」
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