23.警告音

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 ケイとポールは、しばらく農場を歩き回り、イチゴの栽培棚で赤く色づいた果実をつまんで味わった。農場でのつまみ食いは禁止されているが、この日は責任者のペドロに許可を得ていた。 「新鮮なものはさすがにうまいね」  ケイが話し掛けると、ポールはもぐもぐと口を動かしながら無言で頷いた。ポールは先ほど言葉に詰まって以降、一言も発していない。ケイは心理学の専門家ではないので、こうした時に、どのような言葉をかけて良いのかが分からなかった。ほとほと困り果てたケイの視界に、ペドロの姿が入ってきた。エアロックからちょうど出てきた所だった。 「やあ、ペドロ…」  ケイが右手を挙げて、ペドロを呼んだ瞬間、急に大きなブザー音が鳴り響いた。全く予期してなかったので、金属的なその音に心臓が縮み上がった。挙げた右手が空中で凍りついた。ブザーは数秒間隔で断続的に鳴り続けていた。 「宇宙線警報だ。エアロックに入れ。急げ」  ペドロが叫んだ。農場内にいた数人が一斉にエアロックの方向に走り始めた。天井からぶら下がっているLED信号が、赤色で点滅していた。 「ポール、いくぞ」  ケイはエアロックを指差した。ポールは頷きもせずに走り出した。顔面は蒼白だった。  この時、農場には、ケイ、ポールの他に四人がいた。全員がエアロックに入ったのを確認して、ペドロが扉を閉めた。分厚い金属の扉を通して、くぐもったブザー音がまだ聞こえている。小さなガラス窓越しに、いつも通りの農場が見えていたが、ペドロがシャッター下ろし、エアロックは完全に外界と遮断された。閉じこもった六人の心臓の拍動と同じようなリズムで、壁の赤いランプが点滅している。 「念のために、奥のエアロックに移ろう」  ペドロは言いながら、二重エアロックのもう一つの扉を開けた。六人はすごすごと隣室に移動した。 「ここが一番安全だ。一時間もしないうちに、警報は解除されるはずだ。それまでおとなしくしていよう」  扉が閉まったのを確認し、ペドロが言った。壁に備え付けられていた赤ランプは、農場内の警告灯と同調して規則正しく点灯していた。エアロックに逃げ込んだ六人は、申し合わせたようにその赤ランプをじっと見つめていた。数分後、赤いランプが点灯に切り替わった。 「来たな」  ペドロがつぶやいた。  火星に来てから、宇宙放射線警報が出たのは初めてだった。ブザーの鳴り響いた農場は、空襲警報が鳴り響く戦場のように緊迫した。しかし、実際の宇宙放射線は音もなく、静かに来襲した。六人は、エアロックの中で壁際の椅子や床に座り込み、ほとんど会話もせずに警報解除の時をじっと待った。いつもは陽気なペドロも珍しく口数が少なかった。
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