24.放射線事故

1/6

42人が本棚に入れています
本棚に追加
/295ページ

24.放射線事故

 心配は現実のものとなった。今回の太陽フレアは、規模がここ数年で最も大きく、火星地表面の被爆量は瞬間的に三シーベルトにも達した。まともに浴びれば、急性放射線障害を発症する数値だ。たとえその時は大丈夫でも、ガンや白血病の危険性はかなり高くなる。 「それで、その二人の被曝量はどのくらいになるんだ」  中央管制室で無線のマイクに向かって怒鳴るように話していたのはユージン・ブレ博士だった。彼にしては珍しく動揺している。張り詰めた空気の室内には、ブレ博士のほか、的場の助手を務めているインド人のシンとドイツ人のミヒャエルの二人がいて、それぞれ慌しくコンピューターを操作していた。 「キャメルのカウンターでは三・六シーベルトでした。バギーに乗っていた三人はメタンタンクの壁で相当防げたと思います。クリフォードとシェーファーはキャメルの下に避難したんですが…」  感度が優れない無線の途切れがちの声がスピーカーから聞こえてきた。バギーのパイロット、ジョルジュ・ピカールの声のようだ。 「二人の体調はどうなんだ」  ブレ博士はマイクに向かって怒鳴った。こんなに興奮している博士を見たのは初めてだった。 「シェーファーは特に問題を訴えていませんが、クリフォードは何度か吐いています。鼻血もでています。バギーのキャビンを与圧して、二人を中で休ませているところです」  ブレ博士はマイクを握り締めてうなった。横にいた二人も首を小さく横に振った。重苦しい沈黙が管制室を支配した。 「帰還船カールから中央管制室、応答願います」  無線のスピーカーからジム・マディソンの声がした。ブレ博士はすぐに気を取り直した。 「こちら中央管制室。そっちの二人はどうだ、大丈夫か」  ブレ博士は再びマイクを握り締めた。 「ユージン、こっちは二人とも無事だ。ちょうどカールに燃料を注入し終えた直後だったので燃料タンクが防護壁になってくれた。ラッキーだったよ。九割以上は防げたと思う。それより地上班だが…」 「今、やっと連絡がついた。クリフォードとシェーファーの二人が大量に被曝した。バギーの方は、メタンのタンクが防護壁になった。だが、二人は防御手段がなかったようだ。クリフォードの被曝量は三以上の可能性がある」  マディソンはすぐに返答して来なかった。三シーベルトという被曝量の持つ意味を分かっているからだ。人は四シーベルトの放射線を浴びると、生存率は五割と言われている。マディソンもまたブレ博士と同じく、帰還船で無線マイクを握り締め、ため息をついているに違いない。 「どんな具合なんだ」  しばらくして聞こえてきたマディソンの声は明らかに沈んでいた。
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加