24.放射線事故

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 フィリップスは不在だった。居室にいないとすれば、医療室しかない。すぐに医療室に走った。 「やあ、ケイ。何をそんなに慌てているんだい」  フィリップスは、息を切らして医療室に飛び込んだケイをからかった。いつも通りの白衣姿で、薬品の入った棚の前に立っていた。薬剤の整理していたようだった。 「ブレ博士が中央管制室で呼んでいます。すぐに来て下さい」  フィリップスは片方の眉を吊り上げた。細面に禿げ上がった額の風貌は、フィリップスを実際以上に神経質に見せた。 「言われなくても、やることは分かっているさ」  中央管制室に出向いたフィリップスに、ブレ博士がすかさず質問した。 「ドクター。クリフォードが重症だ。嘔吐と鼻血が止まらない。バギーで帰すことにしたが、コロニーまでは、どんなに飛ばしても四、五日はかかる。果たして保つだろうか」 「意識はあるのですか」 「ある。受け答えは何とかしているようだ」 「あの宇宙放射線をまともに食らったんじゃ、地球のICUに入れても助かるかどうかわからないですね。この貧弱な医療施設で対応するなら、一刻も早く治療を開始しなければなりません。鼻血が止まらないということは、内臓や消化管から出血している可能性があります。速やかに止血しなければ、血圧低下でショック症状を起こします。携帯医療キットには、止血剤はほんの少ししか入っていないでしょう。四日後では絶望的です。四十八時間以内に何とかしないと」 「やはりな…」  ブレ博士は沈痛な表情でうつむいた。フィリップスも同様だった。 「応急措置さえできれば、造血幹細胞輸血や骨髄移植という手があるし、その後の手立てもいくつかあります。とにかく今は一刻も早く処置することです」  中央管制室は重苦しい空気に包まれた。ケイはクリフォードの鍛え抜かれた体躯を思い浮かべ、「奴が死ぬはずはない」と思い込もうとしたが、厳しい状況に変わりはなかった。クリフォードは七百㌔以上先で苦しんでいる。地球ならヘリコプターを使って数時間で搬送できる距離なのに。 「取るべき方策は一つしかないわね」  突然声を上げたのは、ジェニファーだった。管制室にいた全員が一斉に声のする方に顔を向けた。先程から管制室の片隅で、会話を黙って聞いていたのだ。 「最後のビークルでドクターと薬を運ぶのよ」
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