25.ラボ・カー

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25.ラボ・カー

 ラボ・カーと呼ばれるビークルは、長期の調査任務や貨物輸送を主目的に設計された六輪車両だ。直径一㍍近い大きなタイヤの上に、ホバークラフトが載っているような外観で、前方キャビンの後ろには大きな貨物スペースがあり、任務に応じて貨物用キャビンの付け替えが可能だ。口の悪いクルーは「トラック」と呼んでいる。エチレン・エンジンと電気モーターのハイブリッドで駆動し、時速八十㌔ほどの速度を絞り出せる。バギーよりはかなり遅いが、キャメルより速い。ただ、この車は速度よりもトルク重視の動力特性を持っていて、力仕事に適していた。  今回の任務はクリフォードの治療が主目的なので、貨物スペースに小型の居住キャビンを積み込んだ。空気で膨らます簡易ハブだ。ランデブー後、ここをクリフォードの治療室にする。このほか、ラボ・カーには燃料のエチレンのほか、液化メタンや液体酸素のタンク、食料の予備などをできる限り積んだ。  バギーとキャメルも予備のメタンタンクを持って行ったが、余裕は多いに越したことはない。バギーは今、クリフォードを送り届けるために、目的地とは逆の方向に走っている。それだけ余計に燃料を消費している。事故は不幸な出来事だったが、この機会を、地上班の「貯金」を増やすことに利用することにしたのだ。 「まるで救急車ね。赤十字でもつけようかしら」  ビークルが停まっている駅のエアロックの外で、出発準備の光景を眺めていたジェニファーがつぶやいた。与圧服をつけたコロニーのBSやMS十人ほどが、エンジンや生命維持装置のチェックや持って行く荷物の搭載作業に慌しく動き回っていた。 「ところで、本当にいいの。私と一緒に行って。帰還船班の方がはるかに楽よ」 「これが一番いい選択だと思う。どうせオリンポスに行かなければならないんだ。ニュースのある場所を避けては通れない。俺は特ダネを呼び込む宿命を背負っているんだ」 「特ダネねえ…。でも、この話を受けた理由は本当にそれだけなの」  ジェニファーは微笑みながら聞いた。ケイはすぐにその笑みの意味を理解した。 「どうかな…。でも、二人旅の相手が君でなければ、この話には乗ってなかったかもしれない」  ジェニファーは「よし、よし」という感じで、したり顔をして大げさに二度頷いた。ケイはそんなジェニファーを見て、これから過酷な旅に出発するのだということを忘れ、大きな声で笑った。
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