25.ラボ・カー

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 ケイには出発までの数時間に解決しなければならない大問題が二つあった。一つはオリンポスに着くまでの二~三週間、ニュースの送出が全くできなくなってしまうことだ。衛星へのアップリンクに必要な機器類を積めるほど、スペースにもエネルギーにも余裕はない。  当初の予定だと、一週間後に帰還船で出発するはずで、オリンポス着陸はその七時間後。到着の二日後には、現地リポートの第一弾を送るスケジュールだった。それは特別番組として放送されることになっていた。直前のこの時期に、特別番組、それもゴールデンタイムの時間枠を丸ごと吹っ飛ばすだけでなく、三週間近くもの間、音信不通になるのは、記者としてあってはならない非常事態だ。  ケイはすぐに衛星回線を使ってUNNのディレクター、デイブ・マシューズに、事故の発生とクリフォード救援に出掛けることを伝えた。デイブからの返信は、送信してから一時間半後に戻ってきた。通信時間は往復三十分程度なので、一時間近くも局のお偉方と遣り取りをしていたことになる。  デイブのメッセージは簡略だった。「オリンポス行きの件は了解した。特番はキャンセルした。たが、オリンポスに着いたら、超一級品のレポートを送ってもらう。約束だ」  このオリンポス行きに大きな危険が伴うことは、火星にいなくても容易に想像がつく。局の上層部は、そのような任務に関ることに強い難色を示したに違いない。大金を積んで送り込んだ記者に万一の事態があっては、その投資が無駄になってしまうからだ。デイブは、猛烈に反対する上司や役員たちを一時間掛けて説得してくれたのだ。ケイは、デイブの尽力に心から感謝した。
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