25.ラボ・カー

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「さっきの無線では、症状は落ち着いてきたと言っていたよ。ただ、早く手当てをしないと、危険な状態になるかもしれない。それで、僕とジェニファーが、ドクターと薬を届けることになったんだ」 「お願い、ケイ。クリフォードを助けて」  アダムは目にいっぱいの涙をためていた。 「飛行機が完成していたら、こんな距離、ひとっ飛びなのに」  ケイはアダムを抱きしめた。 「大丈夫だ。心配しなくていい。すぐにランデブーできる。ドクターと薬さえ届けば、必ずクリフォードは助かる」  アダムは鼻水をすすりながら無言で頷いた。  この日の日没は午後七時十八分だった。太陽が西の地平線に半分ほど傾くと、地表に降り注ぐ宇宙放射線量を示すカウンターの数値が、急激に下がった。太陽が完全に沈むと、宇宙線量は嘘のように平常値に戻った。太陽監視衛星からのデータによると、太陽フレアは、発生のほぼ十時間後には完全に収まり、宇宙放射線量も急激に減少していた。 「この調子だと、明朝以降は通常値に戻る。野外行動にも支障はないだろう。DNA修復剤の注射は済んだな?」  ブレがケイとジェニファーに出発を指示したのは、午後六時半過ぎだった。   しかし、ラボ・カーそのものの整備と搭載貨物の準備に手間取り、出発は午前零時を回りそうだった。 「夜になるまでに、少しでも距離を稼ぎたかったのに」  ジェニファーは、ブレ博士の命令を受け、すぐに駅へ向かったが、足止めを食らってイライラしていた。 「ジェニファー、慌ててもしょうがない」  フィリップスが言った。ジェニファーはその言葉を完全に無視して、ラボ・カーを凝視していた。  ラボ・カーの出発は、バギーとキャメルの発進ほど華やかなものではなかったが、それでもコロニーの住人がほとんど見送った。ポールも顔を見せ、ケイの肩に手を置いて「頑張れよ」と小声で言ってくれた。  その十分後、ラボ・カーは静かに駅を出発した。低速走行時は電動モーターで動く設定になっていたので、はやる気持ちとは裏腹にビークルはやたらとのんびりと動き出した。  バギーとのランデブー地点はコロニー東方三百五十㌔付近に設定した。それは地図上の直線距離であって、実際にはその一・五倍以上の距離を移動する。休みなく夜通し走れば、明日の夜には合流できるだろう。クリフォードの容態を考えると、それでもタイムリミットぎりぎりだが、一日で走れる距離はそれが限界に近い。何しろ、火星にハイウエイはないのだ。
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