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「さっきの無線では、症状は落ち着いてきたと言っていたよ。ただ、早く手当てをしないと、危険な状態になるかもしれない。それで、僕とジェニファーが、ドクターと薬を届けることになったんだ」
「お願い、ケイ。クリフォードを助けて」
アダムは目にいっぱいの涙をためていた。
「飛行機が完成していたら、こんな距離、ひとっ飛びなのに」
ケイはアダムを抱きしめた。
「大丈夫だ。心配しなくていい。すぐにランデブーできる。ドクターと薬さえ届けば、必ずクリフォードは助かる」
アダムは鼻水をすすりながら無言で頷いた。
この日の日没は午後七時十八分だった。太陽が西の地平線に半分ほど傾くと、地表に降り注ぐ宇宙放射線量を示すカウンターの数値が、急激に下がった。太陽が完全に沈むと、宇宙線量は嘘のように平常値に戻った。太陽監視衛星からのデータによると、太陽フレアは、発生のほぼ十時間後には完全に収まり、宇宙放射線量も急激に減少していた。
「この調子だと、明朝以降は通常値に戻る。野外行動にも支障はないだろう。DNA修復剤の注射は済んだな?」
ブレがケイとジェニファーに出発を指示したのは、午後六時半過ぎだった。
しかし、ラボ・カーそのものの整備と搭載貨物の準備に手間取り、出発は午前零時を回りそうだった。
「夜になるまでに、少しでも距離を稼ぎたかったのに」
ジェニファーは、ブレ博士の命令を受け、すぐに駅へ向かったが、足止めを食らってイライラしていた。
「ジェニファー、慌ててもしょうがない」
フィリップスが言った。ジェニファーはその言葉を完全に無視して、ラボ・カーを凝視していた。
ラボ・カーの出発は、バギーとキャメルの発進ほど華やかなものではなかったが、それでもコロニーの住人がほとんど見送った。ポールも顔を見せ、ケイの肩に手を置いて「頑張れよ」と小声で言ってくれた。
その十分後、ラボ・カーは静かに駅を出発した。低速走行時は電動モーターで動く設定になっていたので、はやる気持ちとは裏腹にビークルはやたらとのんびりと動き出した。
バギーとのランデブー地点はコロニー東方三百五十㌔付近に設定した。それは地図上の直線距離であって、実際にはその一・五倍以上の距離を移動する。休みなく夜通し走れば、明日の夜には合流できるだろう。クリフォードの容態を考えると、それでもタイムリミットぎりぎりだが、一日で走れる距離はそれが限界に近い。何しろ、火星にハイウエイはないのだ。
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