25.ラボ・カー

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 コロニーを出て、最初の操縦はジェニファーが担当した。暗闇の中で走行するのはビークルに慣れた彼女がふさわしいという判断だった。ドクターは後部座席でおとなしくしている。ランデブー後は眠る暇がないだろうから、今のうちに睡眠をとろうとしているのかもしれない。  コロニーを出て数分したところで、ジェニファーはエチレン・エンジンを勢いよく回し、スピードが一気に上がった。だが、景気が良かったのもほんの数分のことだった。コロニーの明かりが地平線の下に隠れると、地上に明かりと呼ぶべきものは、ラボ・カーのヘッドライト以外にまるでなくなった。昼間でさえ、茫漠とした大地だ。それが漆黒の闇に包まれると、その寂寥感は何倍にも膨れ上がった。動きづらい与圧服を着用して、時折大きく揺れるキャビンに身を委ねているので、圧迫感や不自由感も半端ではない。酸素マスクの呼吸音もいたずらに緊張感を増幅させる。 「ついてるわ」  コロニーを出て小一時間ほど経ったころ、ジェニファーがつぶやいた。 「見て。車輪の跡よ」  ヘッドライドが闇を切り取った先に、かすかな二本の黒い筋が見えた。確かに車輪の軌跡だ。赤茶けた地面の上を、一直線に伸びている。バギーかキャメルが通った跡なのは間違いない。 「これを目印に走ったら、障害物の心配なしにスピードを上げられるわ。彼らが出発したあとは、今の時期には珍しく砂嵐が発生しなかったでしょう。クリフォードはついているわ。予定よりかなり早く着けそうよ」  コロニー近くの路面は、何度も踏み固められていたので舗装路のようだった。ラボ・カーが今、轍を追って走っている道は、火星コロニー初代司令官にちなんで「リドストローム・ブールヴァード(大通り)」と呼ばれ、火星の中で最も走りやすい道路と言えた。  リドストローム大通りをほとんど最高速で走り終えたあと、ジェニファーは轍に従って東に向けて進路を切った。 「さあ、ここからがアマゾネス平原よ」
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