27.疾走

4/7

42人が本棚に入れています
本棚に追加
/295ページ
 ケイはアクセルを踏む足に少し力を込めた。エンジンのデジタル回転計の目盛りが二段階上がった。排気音が高まり、振動が強くなった。スピードメーターが時速七十五㌔を示している。たった十五㌔早くなっただけなのに、車体の小刻みな振動が激しくなった気がした。ジェニファーは力を抜けと言ったが、逆にハンドルをこれまで以上にきつく握り締めることになった。  ケイは赤い砂の上に記された二本の轍に神経を集中して、ラボ・カーを走らせた。車輪の跡は、ほぼ一直線だったが、わずかなゆがみでも、急カーブに見えてきた。肩に力が入っているのだろう。仮免許で初めて公道にでた時のような気分がした。 「危ない。気をつけて」  不意にジェニファーが叫んだ。とっさのことで、ケイは何が起こったのか分からなかったが、反射的にアクセルペダルから足を離した。スピンの恐れがあるので、急ブレーキは踏めない。  ほんの一、二秒後、ケイはジェニファーの警告の意味を悟った。真っ直ぐに伸びていた轍が、前方数十㍍先で急に折れ曲がっていた。前にここを通ったビークルが急ハンドルを切った跡だ。スピードを落として、問題の場所に近づいてみると、轍の延長線上に高さが二㍍以上ある巨大な岩石が、モニュメントのように地面から突き出していた。正面衝突したら、ビークルは無事でいられなかっただろう。 「ありがとう、助かったよ。でも、どうして気が付かなかったのだろう」  ケイは巨石をかわしてラボ・カーを停車させ、ハンドブレーキを引いた。 「運転に集中していると見逃しがちな地形よ。ほら見て」とジェニファーはビークルの後ろを親指で指した。バックミラーを見ると、通った道が空中で切れていた。岩のある場所は窪地だったのだ。 「岩の高さより深い窪地だったのよ。だから見えなかった」 「集中して轍を追っていたつもりなんだが」 「よく見て。窪地から脱出した後の轍は、今来た道とほぼ一直線よ。一本の道に錯覚しても仕方ないわ。ビークルはGPSで方向を確認しながら走っていくから、進行方向が一緒になってしまうのね。まさか、後から轍をトレースしてくるなんて考えもしなかったでしょう。私が運転していても、多分見逃していたと思う。助手席だったから、角度がずれていたから見つけられたのよ。」 「とにかく、命拾いした。気をつけるよ」 「前方のソナーを作動させた方がいいかもしれないわね。昼間は必要ないと思ったけど」
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加