27.疾走

5/7

42人が本棚に入れています
本棚に追加
/295ページ
「急停止できないスピードで走っているから、用心に越したことはない」  ケイはコンソールの中央にある緑色のスイッチを入れた。すると、フロントガラスにビークル前方の映像が三次元図形で浮かび上がった。カメラの実写映像とソナーのスキャン結果を処理した線の図形を組み合わせた一種のCGだ。 「サーチ範囲を百㍍に設定して」  ジェニファーが言った。  パネルのセンサーダイヤルを五十から百に変更した。画面はそれに合わせて、大縮尺の地図のように広い範囲を映し出した。 「さあ、再出発だ」  ケイは再びアクセルを踏み込んだ。GPSで位置を確認すると、コロニーからの直線距離は百三十九㌔だった。運転を替わってからの一時間で、七十㌔近く走ったが、地図上では四十㌔ほどしか前進していない計算だ。思ったより前に進めていない。ケイは少し焦った。  速度は七十五~八十㌔を保った。ケイは以前にも増して、轍への集中力を高めた。時折、ソナー画面も確認しながら、注意深く、そして大胆にビークルを走らせた。ソナーがあるという安心感もあり、速めのペースを維持することができた。  アマゾニス平原は、時折低い丘陵や小さなクレーターが見られる以外、ほとんどが平坦地だった。リドストローム大通りほどではないが、かなり走りやすい。車が通り過ぎた後、風化の進んだ赤い大地からは、綿ごみのような砂塵が起こり、空高く舞い上がった。 「ところで、ドクターはどうしてる」  ちょっとした凸凹道を抜けたあと、俺はジェニファーに聞いた。 「さっきからぐっすりお休みよ。酔い止めの薬でも飲んだんじゃないかしら」  ジェニファーは親指を振って、後部座席を指した。バックミラーで見ると、ドクターが首を九十度近く曲げて、口を半開きにして眠りこけていた。 「火星に車酔いの薬なんてあるのかな」 「宇宙酔いの薬を代用したんでしょう」 「あれは強力だからね。僕も初めて使った時は、すぐに熟睡してしまった」 「今のうちに寝ておいた方がいいのよ。マグガイバーと合流してからは、眠る暇はないんだから」  いつでもどこでもすぐに眠ることができるのが優秀な医師の資質だ、と誰かが言っていたのを思い出した。今のドクターにとって、最重要の任務は、移動期間の体力消耗をできるだけ少なくして、ランデブーに備えることだ。そこからが本当の仕事になる。ケイの役割は、ビークルを一刻も早く、バギーとの合流地点まで運ぶことだ。クリフォードの笑顔が脳裏に浮かんだ。集中力を振り絞ってハンドルを握り締め、前方を凝視した。
/295ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加