28.ランデブー

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「そうよ。宇宙放射線の突発事故が起こって、仲間が命の危険にさらされたけど、わずか一日ちょっとで四百㌔近く離れた場所に救援隊を派遣できた。そのうちの一人は、火星に来てまだ五カ月足らずの〝新人〟よ。そんなことができたのは、ブレ博士のようなコロニーの先輩が十年の間、少しずつ技術や経験を培ってきたからよ。この二台のビークルだって、最初は不具合だらけだった。でも、コロニーのエンジニアたちが一から造りなおしたと言ってもいいくらいに改良を重ね、信頼性を高めてきたわ。コロニーで生活することにしてもそう。閉鎖環境の制御は、地球でどんなに実験しても充分ということはない。リドストロームが亡くなった事故も起こってしまったし、農場だって、空気組成や温度、湿度の調整がうまくいかなくて、作物が全滅したことが何度もあったのよ。でも、私たちは乗り越えた。今思うと、不毛に見えるこの星は、目に見えない形で、人間にいろいろなものを与えてくれたわ。それは単に技術的な向上ということではなくて、精神的な面でもね。ケイにしてもそうでしょう? クリフォードがこんな事態にならなければ、こんなに必死になってビークルを操縦しなかったはずよ。でも、そのおかげで、ケイは一年分以上の経験を、たった一日で積めたのよ。ラボ・カーをあんな速度で、これだけ長時間走らせられた人間は、この星にはいないわよ」 「そうなのかい、とにかく必死だったから…」 「そうよ。ケイはたった一日で、ラボ・カーの操縦にかけては、コロニーでトップクラスの腕前になったのよ。考えてみて、そういう経験って、とても貴重だと思わない? この星は、地球とは比較にならない厳しい場所だから、限界ギリギリの体力や判断が求められる危険な場面が、地球より遙かに多く起こるわ。今回みたいにね。それはマイナスではなくて、逆に、成長のチャンスだと思っているわ。大げさな言い方かもしれないけど、それは一人の人間の成長ではなくて、人類全体の進歩につながっていくと、最近思えるようになったの。フロンティアってそういうものでしょう? だから挑戦する意味があるのよ。そして、私たちのあともその挑戦は限りなく続いていく。そう信じるからこそ、頑張れるんだと思うわ」  ジェニファーの言葉を聞いて思った。この挑戦を続けるために、ブレ博士はコロニー・オリンポスを建設するというギャンブルに打ってでたのだ。
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