29.二人きり

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29.二人きり

 シェーファーとドクターにしっかりと抱えられたクリフォードは、簡易エアロックを経由して、無事ラボ・カー後部の「病室」に収容された。クリフォードは、ドクターが投与した薬のせいで、ぐっすりと眠っていた。移送の様子をヘルメットカメラで撮影しようと思ったが、ライトを使わなければ、真っ暗で何も映らない。ライトを使うのは、眠っているクリフォードに申し訳ないので、撮影はあきらめた。  「病室」の中には、走行時の衝撃をできるだけ吸収できるよう、二重構造のエアマットベッドを備え付けていた。クリフォードを収容したあと、ケイとジェニファーは、オリンポスへの再出発に備えて、ラボ・カーに積んできた液化メタンの予備タンク三本をバギーに移動させた。 「さすがに二人で運ぶには重いな」  ケイが愚痴をこぼすと、ジェニファーが笑いながら言った。 「文句言わないの。この予備タンクが役に立つことがあるかもしれないわよ」  荷物の移し替えが終わる頃、医療キットと水、食料を持ったドクターが、右手を軽く上げてテントに入り、中から簡易エアロックを閉じた。これで出発準備は完了だ。その様子を見届け、シェーファーはケイとジェニファーとがっちり握手した。 「ありがとう。クリフォードは必ず無事に届ける。君たちも充分気を付けてオリンポスに向かってくれ。ミッションは必ず成功させよう。俺も次の機会でオリンポスに行く」  ケイは頷いた。それしかできなかった。ジェニファーも同じだった。感慨に浸る間もなく、シェーファーはすぐにラボ・カーのキャビンに飛び乗り、静かにドアを閉めた。二人は車から少し遠ざかり、出発準備を見守った。ケイはカメラのスイッチを入れ、、出発の時を待った。 「シェーファーは事故の後、一睡もしていないだろう。本当にタフだね」 「多分、このあとコロニーまでの二日間もほとんど眠れないはずよ」  ラボ・カーはエンジンを一回咆哮させたあと、静かに発進した。二人の目の前でゆっくりとUターンし、ケイたちがさっき来た道を引き返していった。 ジェニファーとケイは、テールランプが地平線の陰に消えてしまうまで、一言も口をきかずに見送った。
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