29.二人きり

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 見渡す限りの平原の中に、都合のよいビバーク地点はないが、クレーターの縁に大きな岩の連なった壁のような場所があった。 「こんな場所にしては、なかなかの立地条件じゃない?」  ジェニファーは言いながら、ビークルのドアを開けた。二人は動きにくい与圧服に苦労しながら梯子を降り、貨物スペースから、折り畳み式の簡易ハブを引っ張り出した。海外旅行に使う大きめのスーツケースくらいのサイズだ。  重さは百㌔近くあるが、火星の重力だと、一人でも何とか扱える。ケイは同じ貨物室からテント内に空気を送り込む空調装置を取り出し、テントにつなぐ準備を始めた。暗闇の中で、しかも疲労困憊の中での作業だ。ホースをつなぐのに難儀した。 「今日はちょっと贅沢して、酸素マスクなしで過ごせるようにしましょう」  テントの送風口に空調機をつなぎながら、ジェニファーが言った。ケイは空調機の電気コードをバギーの燃料電池に接続しながら、「それがいい。与圧服を脱いで、ゆっくり休みたいな」と答えた。ジェニファーはバギーの生命維持装置の収納式パイプを、空調機の受け入れ口に突っ込んだ。  簡易ハブはバギーの定員と同じ四人用で、空調機を作動させて空気を送り込むと、ものの数分で円錐形に膨らんだ。内部広さは十二平方㍍ほどある。マディソン式減圧演習の時に使ったタイプよりは小型で、一見すると登山用のテントみたいだった。 「このタイプは初めてだな」 「出入りの要領はどれも同じよ。居住性もね」  内部の混合気を呼吸可能なように調整し、温度を十数度まで上げるのに、さらに二十分ほどかかった。すでに外の気温は氷点下四〇度近い。夜中に向けてまだまだ下がる。ケイとジェニファーはその間、バギーに一旦戻り、ハブに持ち込む機材を小さなジュラルミンのケースに詰めた。無線装置や水、食料などだ。キャンプの準備のようで、ケイは少しわくわくした。 「これも忘れちゃいけないわ」  彼女は大きめのバックパックを後部座席から取り出した。 「何だい、それは」
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