30.「カール」発進

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 キャメルは足が遅いが、クリフォードを移送する一日半の間に二百㌔以上先行している。この日は、日没までに直線距離で百五十㌔、実際の走行距離で三百㌔弱を走ったが、まだ直線で七、八十㌔先にいた。午後六時過ぎ、ビバークに適当な丘陵地を見つけ、バギーを停めた。無線連絡によると、キャメルも今日の走行を終えたとのことだった。このペースで走れれば、明日には追いつけそうだ。  昨夜は酸素とエネルギーを贅沢したので、今夜はハブを使わず、ビークルで寝る。ケイは助手席のシートを目一杯倒し、ジェニファーは後部座席で横になった。与圧服を着けて、一日中座ったままでいると、常に曲がった状態にある膝や足首が辛い。横になったあとに、膝を屈伸させるストレッチ運動をきちんとしないと、あすには関節が猛烈に痛み出す。肺血栓の心配もある。かなり昔、民間航空機の狭いシートに座り続けることで起こる症状を「エコノミークラス症候群」と言ったそうだ。  二人は十五分ほどかけて入念にストレッチ運動をしたあと、キャビンのライトを落とした。漆黒の闇に目が慣れると、天井の透明シールド越しに火星の夜空が広がっていた。特に天の川は圧巻で、降り注ぐような迫力の星空に吸い込まれそうな感覚に襲われ、思わず息をのんだ。横ではジェニファーがかすかな寝息を立て始めていた。
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