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「どうって?」
「自信喪失して、自分を見失っている人が、ビークルを命がけで暴走させたりしないわよ」
「コロニーの生活は充分にエキサイティングだったよ。火星の人たちと一緒に暮らしているうちに、地球での悩みはほとんど忘れてしまった。冗談じゃなく、あれは遠い世界の出来事だったような気がしている。今は充実しているよ」
「私のお陰で、こんなとびきりの冒険にも出られたしね」
「感謝しているよ。君にも、ブレ博士にも。科学者でもエンジニアでもなく、火星での経験が浅い俺を、こんな大事な任務に送り出してくれたんだから」
「この星では、突然チャンス巡ってくることがあるのよ。ちょっとした勇気があれば、誰でもそれをつかむことができる」
「ところで、最初の質問だけど…」
「私がなぜ火星に来たかってこと? その質問には、もう答えたわよ。ここにはチャンスがあるからよ。その他の些細な理由は、きっとつまらないわ。研究室の人間関係やボーイフレンドとの付き合い、家族や親戚、近所とのゴタゴタ、そういったことに息が詰まりそうだった。それを清算したいというのも火星行きの動機にはなったわ。大学では、教授との折り合いが悪くて、研究室を追い出されそうだったし、ボーイフレンドとは会うたびにけんかばかりしていた。かといって、全く新しい環境を見つけるのは、地球上ではとても難しいわ。研究を進めれば進めるほど、自然と元の路線に戻っていくの。学問の世界は意外と狭いのよ。たとえ国境を越えても状況は大して変わらない。いろいろ辺りを見回したら、何だか息が詰まりそうになって…。そんな時、火星行きの話を耳にしたのよ」
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