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31.予兆
カールの発進を見送り、再び走り出したバギーに、コロニーから無線連絡が入った。
「マーズ・フロンティアからバギー、応答願います」
声の主はブレ博士だった。
「バギーです、どうぞ」
「カールの雄姿は見たかな」
「頭の真上を飛んでいきました。見事な発射だったようですね」
「軌道投入は予定通り。エアロブレーキも順調だ。およそ七時間後に再突入だ」
「的場博士の計算通りですね」
「何度もシミュレーションしていたからね。うまくいかないことの方が不思議だよ。ところで、カールが出発する一時間前に、ラボ・カーが帰還したよ」
「クリフォードは? 容態はどうですか」
「心配いらない。ドクター・フィリップスの手当てのお陰だよ。ドクターによると、骨髄を相当破壊されているらしい。内臓もかなりダメージを受けている。今は、造血幹細胞輸血の準備をしている。一週間以内には骨髄移植手術もする手はずだ。安心はできないが、当面の生命の危機は回避されたとドクターは言っている。あ、それから、ドクターの伝言だが、ジェニファーの血が効いたと言っていたよ」
「それは良かった。本当に。シェーファーは?」
「疲れ果てて眠ってるよ。点滴を受けながらね。クリフォードより症状は軽かったが、彼も相当痛んでいる。ひと眠りしたあと、精密検査をする」
「彼は四日以上、ほとんど眠ってないですよ」
「我々もタフさには驚いた。君たちと別れてから、一、二時間程度の短い睡眠を数回取っただけで、夜も走り続けたそうだ」
ケイは最初の夜に、ジェニファーの運転で真っ暗闇の中を走った時のことを思い出した。あの時は、キャビンの中に三人いたが、それでも全員が言葉を失うくらいの孤独感に包まれた。そのくらい火星の闇は深い。シェーファーは、あの中をたった一人で走り切ったのだ。
「それから、シェーファーから君たちへの伝言だ。『必ず約束を果たせよ』。以上だ」
「了解。シェーファーが目覚めたら伝えて下さい。必ずオリンポス・ミッションを成功させると。我々は夕方にもキャメルと合流できそうです」
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