3.サラ・ブレ博士

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「ありがとう。うれしいわ。この曲は、火星の夕焼けをイメージして作りました。  ご存知ですか。火星は、赤い惑星として知られていますが、砂嵐のあとには、空気中の塵のせいで、朝焼けや夕焼けが青く輝くのですよ。それは、地球では決して見ることのできない神秘的な美しさです。その感動を音楽で表現してみようと努力しました。アンサンブルのデビューコンサートまでには完成させますわ」  サラの表情は真剣だった。 「ヴァイオリンの素晴らしさに聞き惚れてしまいましたが、ブレ夫人はこのコロニーで最も重要な施設を管理されていますね。次にその話を伺わせて下さい」  随分本題から逸れてしまったが、ケイはやっとインタビューを本題に戻した。 「ええ。その通りです。このコロニーにとって、私がメンテナンスを担当している核融合発電所は、重要度が極めて高い施設と言えます」  サラは、芸術家から仕事人の顔に戻った。インタビューの流れを瞬時に読んでくれた。ケイは切り替えの早い聡明な女性だと思った。 「人間が生きていく上で、最も大切な酸素や水の循環を支えているのは電力です。太陽光や燃料電池、マイクロガスタービンでも生活に使う少量の電力を得ることは可能ですが、備蓄するための大量の水素と酸素を作り出すとか、農業用ドームの環境を維持するほどの大電力を安定的に生み出すためには、集中型の発電所がどうしても必要です。私たちの発電所はその廃熱を使って、様々に活用される水素も直接生成しています。炉の中では、ここに住む三十八人の命の灯が燃えていると言っても過言ではありません」 「その管理の責任はさぞかし、大きなプレッシャーになるでしょうね」 「確かに大きな責任は伴います。任務を全うすることに全力を注いでいます。でも、ここのコロニーに住む人は全て、他に代えがたい重要な仕事を分担し合っています。誰もが強い責任感を持って、コロニー全体のために働いているのです。ですから、私の仕事がとり立てて重要という訳ではありません。それぞれの仕事が等しく重要なのです。誰か一人が手を抜いたり、さぼったりすると、コロニーはたちまち不安定で危険な場所になるでしょう。ここには、不要な人間は一人もいません。全員に果たすべき役割があるのです」
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