火星の住人～マーズプレスep１

３１．予兆

　ケイはその日、クリフォードを救出に出た最初の一日のように気合を入れて走った。ルートが平坦で走りやすかったので、順調に距離を稼ぐことができた。日が傾きかけた午後四時過ぎ、地平線の近くにキャメルが巻き上げる砂塵を確認した。
「こちらバギー、キャメル聞こえますか。そちらのケツが拝めました」
　無線連絡を入れると、キャメルのジョルジュ・ピカールが即座に返答を寄越した。
「予定より早いじゃないか。砂嵐の件で気合が入ったんだろう」
「そっちも結構頑張って距離を稼いだじゃないか」
「いくら頑張っても時速五十㌔しか出ないんだ。ところで、ランデブーポイントだが、この先、二十㌔ほど行った所に、小さなクレーターがあるんだ。そこで落ち合わないか」
「そのクレーターならマップで確認できる。じゃあそこまで競争だ」

　その数分後、バギーはキャメルを軽々と追い越した。そのキャメルはバギーから遅れること二十分、ランデブー地点のクレーターにやっと姿を見せた。クレーターの底から見上げると、円形のキャビンが火星の空をバックに、特徴的なシルエットを描き出していた。一旦停車したキャメルは、まるで生き物のように車高を持ち上げた後、二五度はありそうなクレーターの斜面を真っ直ぐに下りて来た。小さな礫がスキー場ほどもある坂道を幾つも転げ落ちてきた。
「さすがオフローダーね。あんな芸当、このバギーじゃ無理だわ」
　ジェニファーが感心した。バギーはすでに、ランデブーに備えてキャビン内を減圧してある。
　バギーよりひと回り大きいキャメルは、クレーターの底に下りて、のそのそとバギーの隣にやって来て、停車した。ケイとジェニファーは、操縦室のドアを開け、梯子を下ろした。
「やっぱり足の速さはかなわないな」
　インカムからピカールの声が聞こえた。キャメルのキャビンも減圧は済んでいたようで、すぐにドアが開いた。ケイとジェニファー、それにキャメルの四人は、次々と梯子を降りて、火星の大地を踏みしめた。
「さすがのクリフォードも感謝して、涙を流しているんじゃないか」
　ピカールが右手を差し出した。ケイは両手のグローブで、それをかっちりと握り返した。
「君たちも随分頑張って走ったな。キャメル限定のラリーがあったら、きっと優勝していると思うよ」
　ピカールは微笑み、無言で頷いた。