31.予兆

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「ケイ、君たちの頑張りには敬服した。一日で五百㌔も走ったんだって? 正直、コロニーに来たばかりの頃は、『この素人が』と思ったこともあったけど、今は違うよ。重要なコロニーの一員だ。オリンポスでもベストを尽くそうぜ」  そう言って握手を求めてきたのは、オーストラリア人のスチュアート・マクグレイス。サラ・ブレの助手を務めていた三十五歳の原子物理学者。MS(ミッション・スペシャリスト)だ。ブレ一家と共に、何度か食事をしたことがあった。  ケイは出発前に、特番用にオリンポス派遣隊の全員をインタビューした。しかし、ジャーナリストとして話を聞くのと、派遣隊の一員として対面するのとでは、雰囲気がまるっきり違った。 「僕からも礼を言うよ。よくクリフォードを助けてくれた。彼は、僕らを助けるために、放射線の防護対策を最後までやってくれたんだ。あの事故は、僕らの身代わりみたいなものなんだ」  三人目のマーズ・チャイルドの父親でもあるキム・デヒョンが、ジェフの肩をポンと叩いた。二十九歳という若さで、火星行きの難関を勝ち取った優秀なエンジニアだ。若く美しい妻と二歳の長男をコロニーに残して単身赴任する。 「俺にも一言言わせてくれよ。君とジェニファーの勇敢な行為は、コロニーの歴史に永久に刻まれるだろう。君たちと一緒にオリンポスのミッションに向かうことができて、光栄だよ」  ひと際目立つ大男が話しかけてきた。スウェーデン人のBS(ビルディング・スペシャリスト)、ペーター・バーグマンだ。身長は二㍍以上あるだろう。農場のバスケットボールコートでは、常にヒーローだ。大学時代は、ナショナルチームの候補になったこともあり、本人曰くNBAのドラフトにもあと一歩だったらしい。「もし指名されていたら、ここにはいなかったよな」が口癖になっている。四十歳を超えているのに、若々しさを感じさせる。  キャメルの四人は、ケイとジェニファーを握手攻めにして、クリフォードの様子やこれまでの道のりの苦労などで質問攻めにした。問いにはできるだけ詳しく答えたが、簡易ハブを使ったことだけは秘密にした。
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