32.雷鳴

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「ご苦労。駐車場はここから二百㍍先だ。案内するので、ついて来てくれ」  やっとの思いで底に辿り着き、停車していたバギーを、キャメルがさっさと追い越して行った。距離にしてわずか三百㍍か四百㍍の坂道を下りるのに、ケイはたっぷり一時間近くをかけた。与圧服の下に、じっとりと汗をかき、口の中がネバネバとした。五日前、コロニーを出て、ラボ・カーを操縦した時と同じような気疲れがあった。 「火星に来て間もない新人とは思えない操縦だったな。ちょうどいい。この渓谷には名前が付いていないようだから、ケイの頑張りを讃えて『コバヤシ谷』と命名しよう」  ピカールの無線が入った。自分の名前が地名になるのは悪くない。ケイはやっとひと仕事を成し遂げた充実感を味わえた気がした。  再びバギーのシフトをドライブに入れた時、ジェニファーがケイの手に触れながら言った。 「ちょっと勘弁して欲しい道だったけど、なかなかの腕だったわよ。名前を付けてもらうのに値する働きだったと思うわ」 「さすがに緊張したね。今日はハブで休みたい気分だ」 「私も、きっとみんなもそうしたいと思っているけど…」 「分かってる。砂嵐はあさってにも到達する。資源は節約しなくちゃ」  バギーを一時的に収納する洞窟は、まさに車庫にふさわしい大きさと形状を兼ね備えていた。入口はちょうど車よりひと周り大きく、中には簡単に入れる。入口が広過ぎると、砂が流入して、「バギー」が埋まってしまう危険性がある。このくらいなら、周囲の岩で急ごしらえのシャッターを作ることができそうだ。内部は奥行きが約三十㍍あり、高さも充分だった。ちょうどコロニーの「駅」に近いくらいの広さに見えた。  ケイはバックでバギーを洞窟に入れ、入口から十数㍍入った場所に停車させた。ひと回り大型のキャメルも、車高を下げて、ギリギリ入ることができた。 「このために作ったような洞窟だな。おあつらえ向きの車庫だ」  ケイはバギーのメタンエンジンを止め、シフトをパーキングに入れた。サイドブレーキは凍結すると厄介なので、引かないことにした。カナダでは冷え込みの厳しい冬季間、皆そうする。 「今日は、二台に分かれて、横になって寝よう。細かい作業は明日でいい」  ピカールが無線で伝えてきた。ケイとジェニファー、キムの三人がバギーに、残る三人がキャメルで睡眠を取ることに決まった。
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