32.雷鳴

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 翌朝目覚めて、ケイはハブの外に出た。空を見ると、いつもの薄いオレンジ色の空は、真夏の夕焼けのように渋い赤に染まっていた。ケイは一瞬、夕方まで寝過ごしたのかと思ったが、それは違った。嵐の接近で、いつもより数の多い砂塵が空気中に飛散し、太陽光を複雑に乱反射していたのだ。まだ朝早いというのに、空の色合いはまるで一日の終わりのようだった。不気味に充満した朱色の空気は、これから来る嵐の激しさを予感させた。  ケイは、嵐が来たらしばらく外で撮影できなくなると思い、撮影のための単独行動の許可をもらった。二台のビークルが停まっている洞窟を出て、カメラを構えた。外から洞窟の中を撮影し、『コバヤシ谷』の光景や真っ赤に染まっている空もカメラに収めた。  渓谷は下から仰いでも、その険しさで圧倒された。荒れた谷の壁面は、何か巨大な力で無理やり削り取られたような形をしていた。風化の進み具合からみて、それはさほど遠い昔ではなさそうだった。ケイは谷の全景を撮影するため、自分の足で上まで行ってみようと思った。バギーで下りてきた斜面まで、十分ほど掛けて歩き、苦労して下りた斜路を、自分の足で登った。ビークルだと狭く感じた道も、人が通るには充分過ぎる幅員があり、上まで行くのに大して骨は折れなかった。ケイは「コバヤシ谷」の縁に立ち、バギーを収容した洞窟や谷の全景などをカメラに収めた。  一旦カメラを止め、ケイは辺りを見回した。その時、地平線まで続く荒涼とした光景の中に、自分がたった一人でぽつんと立っていることに、改めて気付いた。生き者の気配が全くない気配に慄然とし、体の芯から寒気が広がった。これまで走ってきた西の方角を見ると、二台のビークルが刻んだ車輪の跡は、強くなりつつある風にかき消されかけていた。
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