33.赤い嵐

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「キャメルは無傷です。バギーも無事収納できました。ただ、三日をロスしたので、メタンや水素がもつかどうか…。ギリギリの量かもしれません」 「どのくらい残っているんだ」 「メタンは八百㍑程度です。水素は残り三分の一といったところです。太陽電池が使えれば、いいのですが…」 「それは無理だろう。真昼でも夕暮れ以下の明るさしかないぞ。燃料電池オンリーだとすると、水素はかなり厳しい量だな。オリンポスにも新しいビークルが一台届いているが、エンジンを調整しなければ走れない。仕上げには、バーグマンの頭脳と腕がいる。アンドレッティ一人では無理だ」 「水素の出前は諦めるしかないですね。何とかもたせて、辿り着きますよ。時間というか、エネルギーがもったいない。早速出発します」 「幸運を祈る」  六人を乗せたキャメルは、洞窟入口に一㍍以上降り積もった小石の山を軽々と乗り越え、谷の底の通路に出た。ケイが最後に振り返ると、暗い洞窟の中で、バギーの車体が鈍い光を放っていた。ここまで千㌔以上を駆けてきたバギーは、今、抜け殻のようにポツンと洞窟の奥の方に鎮座していた。 「しばらくお別れね」  ジェニファーがポツリと言った。ピカールとバーグマンの二人が、洞窟入口の上によじ登り、小さな爆薬を数カ所に仕掛けた。無線スイッチで起爆すると、砂煙とともに岩盤が崩れ落ち、入口をあらかた塞いだ。  六人乗りのキャメルに乗ったのは初めてだった。二カ月ほど前に、操縦訓練をした時は、キャビンが四人用だったので、今よりはかなり小ぶりだった。六人用はバギーと比べて格段に広い。外殻が球形をしているので、天井や座席の横に余分なスペースがあり、息苦しさを感じさせない設計になっている。 ほぼ全面が透明なシールドに覆われていて、広い視界が解放感をより増してくれるはずなのだが、外は嵐による赤い砂塵で視界がまるできかない状況だった。  細かな砂や塵が大気を埋め尽くし、空気の色は日没の後、宵闇が迫り来る時間帯のように重苦しかった。しかも、その霧は風速百㍍以上の速さでのたうち回っている。まさに砂嵐の「レッドアウト」だった。逆に視界の広さが仇になり、半端ではない圧迫感がクルーに迫ってくる。 「こんな中で操縦したくはないな」。ケイは小声でつぶやいた。 「谷の底でこの調子なら、上に出た時が恐ろしい」  操縦しているバーグマンが言った。キャメルは、エンジンを起動せずに、電気モーターだけでのろのろと進んでいる。象が歩くようなスピードに感じられた。 「ルートを慎重に選ばないと、砂山に突っ込んで身動きが取れなくなる。前方センサーに注意しながら進め」 「センサーも危ういもんですが、行くしかないですね。それでは、谷を出ます」
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