34.選択のとき

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34.選択のとき

 砂嵐の中に飛び出してから、一週間が経過した。赤い砂の嵐は、一瞬たりとも止むことなく、キャメルにつきまとってきた。  比較的穏やかな地形だったアマゾニス平原は、中央部を通過して東に進むに従い、登り勾配がきつくなり、荒れた段丘や断層が度々行く手を遮った。視界がせいぜい百㍍しか利かない中、ルートの選択はさらに難しいものになっていて、キャメルは文字通り右往左往した。砂漠地帯のように、日に二百㌔も走れたのは遠い昔、今では一日に十㌔しか前進できない日もあった。この一週間の走行距離は千㌔近いのに、オリンポスに近づけたのは直線距離にして五百㌔に満たない。このあと、急峻なルートばかりの四百㌔強が残っている。  頼みのメタンエンジンは何とか動き続けていたが、八百㍑あったメタンは急速に消費されていった。メタンはエンジンを回すだけでなく、呼吸用の酸素や燃料電池用の水素を取り出すのにも使用している。荷台のパラジウム合金に吸蔵してあった水素は三日前に空になり、現時点で水素はメタンを分解して手に入れるしかなくなった。残るメタンは三百㍑弱となり。どんなに節約しても、一週間持つか持たないかの量になった。キャメルの六人は、言いようのない閉塞感に包まれていた。 「このペースだと、持たないな」  砂嵐発生から十二日目の朝、キャメルのキャビンで、全員がけだるく目覚めた。朝と言っても、爽やかさは全くない。外は朝から日没直後のように薄暗かった。狭い車内で長期間を窮屈に過ごし、体調は最悪だ。リンパ液がうまく循環せず、何日も前から、全員の足は不快にむくんでいた。膝も絶えず疼痛に襲われていた。与圧服の中は汗臭く、獣の匂いがしていたが、服を脱ぐことは許されない。酸素を節約するため、キャビンの中は火星大気が充満しているからだ。六人の中で最も大柄のペーター・バーグマンは数日前から顔色が悪く、かなり辛そうだった。ここ二、三日は、ほとんど操縦できない状態で、後部座席で横になっていることが多かった。  さすがに精神的にも追いつめられてきた。クルーの表情は一様に冴えなかった。ピカールの「持たない」という一言に誰も反応しなかった。もうずっと危険の中にいるし、そんなことは言わなくても全員が嫌というほど認識している。 「地形はこの先どんどん険しくなる。ここらで何か対策を取らないと、我々はオリンポスには着けない」  ピカールは独り言のように話していた。重大な決断の時は目の前に迫っていたが、どんな方法を取ったとしてもクルーの生命にかかわる厳しい選択になる。自分たちの運命を左右する選択に、誰もが口をさしはさむことを躊躇した。沈黙が長い時間続いた気がした。しかし、ジェニファーがおもむろに口を開いた。 「どこか嵐を防げる場所にハブを張りましょう。そこに四人が残るのよ」  五人は濁ったまなざしでジェニファーを凝視した。 「このままじゃ全滅よ。この中で全員窒息してしまうわ。そんなのはご免よ。バギーから移した予備の燃料電池と最低限の水素、酸素、それに四人を降ろせば、キャメルの重量が軽くなって燃費が良くなるわ。それだけ、オリンポスに辿り着ける確率は高くなる。たとえ残る四人の救出が間に合わなかったとしても、二人は生き残れる。全員が死なない方法はこれしかないわ」
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