34.選択のとき

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「私は燃料電池や生命維持装置に詳しい。私がいれば、ほんの少しだけだが、残る四人の生存確率は上がる。キムの言う通り、残るべきなのは私だ」  全員が小さく頷いた。しかし、問題はまだ解決していない。 「メンバーは決まったとして、メタンの分配はどうする? キャメルに必要な分を取ったら、残りは百五十程度しかないぞ。四人だったら一週間しか持たない」  マクグレイスが言った。しかし、これにはピカールが毅然と回答した。 「この任務は、必要な人材とキャメルをオリンポスに到着させることが最優先だ。ここにいる全員が大切な人材だが、その中でも特に重要な二人を今選択した。その二人とキャメルに必要な分をまず確保する。その残りを四人の取り分にする」  コンピューターで精密に計算し直した結果、キャメルには、残り四本(計四百㍑)あった液化メタンのタンクのうち、三本を持っていくことになった。あとは飲用水五十㍑のみ。キャメルで作り置いてあった酸素、水素は全てハブで残る四人に分ける。キャメル班の二人に必要な水素、酸素は、メタンを改質器にかけて走りながら作りだすことにした。高圧酸素は約二日分、水素は高圧ボンベのハイブリッドタンクに純粋水素量で三㌔ほどが貯まっていた。これで、一週間ほどは生命維持装置を回すだけの電力が作れる。水は百㍑弱あった。これが尽きてしまったら、火星大気の二酸化炭素から酸素を取り出し、最後のメタン百㍑から作った水素とで燃料電池を回し、何とか生き延びるしかない。 「計算上、これでもまだ足りない。水素と酸素を効率よく消費できるように、生命維持装置を微調整してみる。飲料水も少ないが、食料にも水分は含まれている。ギリギリ命を永らえるための水分量ということになれば、計算より少なくて済む。望みが全くない訳ではない」  キャメルを下りる四人は、ピカールの言葉を信じるしかなかった。 「決まりね。行動は一刻も早い方がいいわ。こうしている間にも水素と酸素をどんどん消費しているんだから。ペーター、ハブを張れるような場所は近くにある?」  ジェニファーの問い掛けに、早速、バーグマンはGPSの画面をスクロールしながら、ビバーク場所を探し始めた。一晩でビークルの半分近くが埋まってしまうこともある砂嵐だ。十日以上の滞在が必要なので、風の影響を受けない場所に隠れなければならない。もし、風を遮ることのできない場所にハブを張ったら、救出に来た時には砂山の下敷きということも充分にあり得る。ジェニファーが助手席に移り、画面を指差しながら、いろいろと検討しているが、適当な場所が見つからないようだ。 「この辺りにはクレーターや渓谷がないのかい?」  ケイはジェニファーに話しかけた。 「できるだけ寄り道をしない所を探してみたけど、オリンポス・コロニーとの直線コース上には、適当な地形が見当たらない」 「コースから外れるとしたら…」 「南に三十㌔ほど行った場所に、小さな渓谷があるわ。そこなら嵐を避けられる場所がありそうなんだけど。地形がアップダウンしているので、往復で一日仕事よ。荷物を軽くするアドバンテージを全部吐き出してしまうわ」  ジェニファーは俺を見ようともせず、GPSの液晶画面を凝視していた。 「それじゃ、歩こうよ」  唐突なケイの提案に、画面の上を行き来していたジェニファーの指が止まった。そして、ゆっくりとケイの顔に視線を移した。 「歩く?」
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