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36.彷徨
「ハードディスクの容量は三十テラバイト、四十時間分以上あるけど、問題はバッテリーだ。こちらはせいぜい五、六時間しかもたない。この明るさじゃ充電はほとんどできないので、大事に使って欲しい。決定的な瞬間を撮り逃さないでくれよ」
ケイはスチュワート・マクグレイスにヘルメットカメラの使い方を説明していた。スチュワートは、ケイたち四人が徒歩でキャンプ地に向かうことを決めた直後、自らカメラマンを買って出た。
「手持ちのカメラで撮影する余裕はないだろうが、ヘルメットカメラなら扱えそうだ。もし良ければ、俺がカメラマンになってもいいぜ」
予期していなかった申し出に感謝し、ケイは自分のヘルメットをスチュワートのものと交換することにし、これまで撮影した画像を記録したハード・ディスク・ドライブも託した。
「感動的なドキュメントになるだろうな」
マクグレイスは録画機器のスイッチを確認し、ヘルメットのシールドに映し出される映像に感心している。ケイは頷きながら答えた。
「もし、迎えが間に合わなかったら、僕が撮ってきた映像と一緒に、そのまま地球に送って欲しい」
「冗談言うなよ。必ず間に合うって。レポートはケイの仕事だ。俺のじゃない」
マクグレイスはケイと目を合わせずに言った。オリンポスに無事着いて、四人の救出が間に合う確率は半々かそれ以下なのだ。
キャメルから下ろす荷物の確認作業をしているうちに、四人がビークルから降りる地点はすぐにやって来た。
「GPSと地図情報を総合すると、この先、大きな地形の変化はない。ここから南に二十二・八㌔行った先に、渓谷が口を開いているはずだ。『コバヤシ谷』よりは小さい渓谷だ。時速三㌔のペースを維持できれば、夕方までには着ける」
ピカールが言った。緊張が伝わってきたが、口調は冷静だった。
「時速三㌔はキツイが、これ以上時間がかかると、目的地に着く前に夜になってしまう。一分一秒が惜しい、すぐ出発するぞ」
四人が持っていく貨物は相当な量だった。液体メタンの高圧ボンベ、燃料電池ユニット、生命維持装置、簡易ハブ。ピカールはこれらの荷物をあらかじめ綿密に計算されていたかのように、順序良く下ろさせた。燃料電池や生命維持装置、水、食料などは空になったメタン・ボンベの橇に乗せた。指示は滞りなく、見事に的確だった。出発準備はものの二十分ほどで終わった。
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