36.彷徨

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「事前の調査が良かったと言って。こういう下りのルートを選んだんだから」  ジェニファーがすかさず言った。 「急な下り坂はないだろうな。この重さだと、滑り出したら止まらないぞ」 「細かな地形は分からないわよ。渓谷のある二十数㌔先は、ここから〇・五%下っている。分かるのはそれだけ」 「何だい。それじゃ、これから何があるか分からないな」 「きつい下り坂にさしかかったら、みんなで橇に乗りましょう。早く着けるかもしれないわよ」  ジェニファーの言い方がおどけていたので、思わず笑ってしまった。 「橇滑りだな。何だか子供の頃に戻るみたいで、面白そうだ」  無線を通じて、ピカールやキムも笑っているのが分かった。勝算の高くない過酷な旅なのに、この四人はそれさえ楽しんでいる。ケイは自分も含め、このメンバーをクレイジーだと思った。と同時に、誇らしくも感じていた。  しかし、難関はすぐにやって来た。最初の一時間で三㌔を踏破し、予定通りのペースを達成できたことにほっとしたのも束の間、一行の目の前に現れたのは、見渡す限りの砂丘だった。高さは十㍍ほどで、さほど傾斜はきつくなかったが、この橇の重さを考えると、絶望的な壁に見えた。迂回しようにも、丘陵は視界いっぱいに立ちふさがっていて、迂回するのは無理に思えた。 「登るしかないか」  ピカールはため息をついた。シールドごしに、汗が光っているのが見えた。 「ケイ、前に来てくれ。三人で引っ張るぞ。ジェニファーは後ろで押してくれ」  四人は全力で橇を押したり、引いたりしたが、一㍍登るのに、数分を費やしてしまった。細かな砂に足をとられて踏ん張りが効かず、少し登っても、すぐにずるずると後退してしまうのだ。そこで、次に斜面をジグザグに登る作戦を試してみた。この方法は効果的だった。四人は荒れ地にへばりつく蟻のように、一歩ずつ進み、一時間近くを掛けて丘陵を制覇した。 「時速五十㍍と言ったところか。まずまずのペースだな」  ピカールのジョークに、言葉を返すメンバーは誰もいなかった。そのくらい疲労していた。  坂を登り切った後には、再び難題が待ち受けていた。丘陵の反対側は同じような斜度の下り坂だったのだ。
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