36.彷徨

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「冗談じゃなく、本当に滑り降りるしかなさそうね。幸い、斜面には障害物もなさそうだし。直滑降ができるんじゃない?」  砂の斜面を見下ろしながら、ジェニファーがつぶやいた。 「しかし、バランスが崩れたら、橇自体が転覆してしまうぞ」  どっかりと腰を下ろしたキムが、荒い息のまま言った。 「橇の後部に荷重をかけたら、転びづらくなるはずだ」  ケイが言った。 「子供の頃、こんな坂でよく橇に乗った。小さな橇に何人も乗るんだ。体重の重い奴が前に乗ると、橇はちょっとした凸凹で簡単に転倒する。でも、大きい奴が後ろに乗ると、滑りは安定するし、転びづらくなる。大丈夫だ。このくらいの斜度なら、滑り下りられるさ」  滑り降りる前に、橇の荷物を動かし、荷重バランスを微調整した。さらに、橇の後部に、キムとケイ、ジェニファーがよじ登り、ピカールが強化繊維のザイルを引っ張りながら、後ろで舵を取る作戦になった。 「火星に来て、橇滑りができるとは思わなかったな」  ケイは橇の最後尾に積んである燃料電池ユニットの周辺に、しがみつく場所を探した。 「決定的瞬間じゃない? 撮影しなくていいの」 「とてもカメラを手持ちする余裕はない。仕方ないけど、この場面はあきらめるよ」  ザイルを何度も引っ張って、橇につながっていることを確認したピカールは、「それじゃ、行くぞ」と怒鳴った。
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