36.彷徨

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 ケイたちは、全力で橇を前に押しだし、勢いがついた頃に、一斉に飛び乗った。橇は最初よろよろと前進したが、斜面の中ほどにさしかかると、俄然速度を上げた。人間がジョギングするくらいのスピードだったが、十分にスリルがあった。路面の小さな起伏で、橇が左右に揺られるたびに、後ろの三人が体重移動をしてバランスを取った。ピカールは息を切らしながら、駆け足で橇の後をついてきた。ものの十数秒で、勾配は緩やかになり、橇のスピードも落ちてきた。丘陵から二十㍍ほど離れた場所で、橇は止まった。 「下りは早かったな」  橇から降りたケイは、しがみついていた燃料電池ユニットをポンと軽く叩いた。 「冗談じゃないぞ。次は、橇に乗る。走るのはご免だ」  追いついてきたピカールは、肩で息をしていた。  小さな登り坂や下り坂を幾つか越え、クレーターや小さな谷を迂回しながら、四人はひたすら南進した。日没までに目的地に着くことだけを考え、ほとんど休憩を取らずに、橇を前へと引っ張ったが、日没まであと三時間という時点で、目的の渓谷まで十四㌔を残していた。つまり、六時間でたった九㌔しか進めなかったのだ。時間は無情に過ぎ去り、二度と戻って来ない。 「この与圧服じゃ、夜の外気には耐えられないわね」  一行は橇の傍らに座り込み、短い休息をとった。ジェニファーはGPSのモニターから目を上げた。 「日没までに着くのは無理じゃないかしら。途中のビバークも考えるべきよ」 「しかし、こんな場所にハブを建てるのは、厳しくないか? ハブが砂に埋まってしまう」  ピカールの声には濃い疲労の色が表れていた。この一時間は登り坂が多かったのだ。 「行けるだけ行って、それでも駄目なら、ハブを膨らませるしかないんじゃない」  ジェニファーがいとも簡単に言った。それしか選択肢は残されていなかった。
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