41.希望

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「魅力的な案だが、何百㌔ものパイプラインを通すだけの材料はいくらなんでも製造できないだろう。やはり最初はビークルで運ぶしかないんじゃないか」  ピカールが反論した。しかし、キムはひるまなかった。 「パイプラインは確かに膨大な資材を必要とするけど、建設途中でも機能できることも忘れないで欲しいな。長く延びれば延びるほど、タンクローリーで走る距離は短くて済むようになるんだよ。短期間に完成するとは思っていないよ。長い時間を掛けて、少しずつ延伸していくのさ」 「とにかく、この近辺で地下水脈を掘り当てないとな」  ピカールとキムの遣り取りを聞いていたジェニファーが口を開いた。 「コバヤシ谷の付近には地下水脈や永久凍土があるはずよ。地形的に見たら、オリンポスから運ぶよりは実現性が高いかもしれないわね」 「あそこなら、ちょうどフロンティアとの中間地点くらいだ。三つのコロニーの補給基地にちょうどいいかもしれない」  四人は時を忘れて話し合った。しかし、リン鉱石にどれほどの価値があろうと、この発見を機に火星開発の青写真が大きく書き換えられることになっても、今、ジェニー・クリフの傍らでじっとしている四人の生存可能性が一分、一秒ごとに低くなっていく事実は、何も変わらなかった。  キャメルから持ってきた水素、酸素は、すでに底を尽き、わずかに残るメタンから水素を取り出して燃料電池を回し、生存に必要な最低限の酸素や水を発生させていた。メタンの残量を尋ねる者は誰もいなかった。その質問は、自分の余命を訊くのに等しかったからだ。タイムリミットが容赦なく確実に迫ってくる中、四人に打つ手は何もなかった。死がすぐ近くに忍び寄ってきているのに、抵抗する手段は最早ない。全員が焦燥感に押し潰されそうになっていた。だからこそ、ジェニファーの発見がもたらした希望について語り合い、焦りを忘れたかったのだ。  キャメルからは携帯無線機しか持って来られなかった。これは、短距離用で、砂嵐で空電状況が悪い今、通信範囲は極めて狭く、オリンポスとの交信は望むべくもなかった。キャメルと別れて五日目となるが、無線機は一度も鳴っていない。 「ペーターとスチュワートは無事オリンポスに着けたのかな」  一日に一回か二回は、誰かが思いついたように、キャメルの二人や救援隊のことを口にしたが、それに答えられる人間はいるはずもなかった。リン鉱床の発見という大ニュースも、まだ誰にも伝えることができていない。
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