43.コロニー・オリンポス

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 タンクはライカス地溝帯の南側をかすめるように、オリンポスの麓に進入した。ここまで近付くと、行く手の左手には、常にオリンポスが望むことができた。しかし、見えるのはだらだらと続くゆるやかな坂だけだ。火山に接近したことで、辺りの風景はより粗く、険しくなった。  マーズ・フロンティアの東側に聳えていたタルタロスよりも急峻な山脈を迂回したかと思うと、目の前には底が見えないほどの深い渓谷が現れた。溶岩チューブの跡と思える窪みもあちこちに見られる。大小さまざまな火山岩がごろごろ転がっていて、タンクは真っ直ぐに進むことができず、右へ左へ頻繁に進路を変更しなければならなかった。直線距離としてはたいした長さではなかったが、低速でジグザグに前進したので、登坂行程には結構な時間が掛かった。それでも、要した時間は四日だった。当初の計画では、山麓の走破も含めて、オリンポス領域で十日近い日程を取っていたのだから、これでもまだ相当に早い方だ。マクグレイスの奮闘のお蔭だ。 「ほら、見えてきたぞ」  タンクを操縦していたマーカス・アンドレッティが前方を指差したのは、ジェニー・クリフを出発してから五日目の夕方だった。ちょっとした高台から、コロニー・オリンポスをかすかに望むことができた。砂嵐の彼方に、ぼんやりと浮かんで見えるのは、カールのようだ。  ケイはバッテリーの残量がわずかになったカメラを構え、輪郭すらはっきりしないカールの遠景を撮影した。コロニー・オリンポスには、農場のような巨大な人工建造物はなく、人の手が入っている印象はまるでなかった。遠目にはこれまで通ってきた場所と何ら変わりのない火星の普通の風景にみえた。 「長い旅だったわね、本当に」  隣でジェニファーがつぶやくように言った。 「いろんなことがあったから、余計に長く感じた」  ひと通りの撮影を終えたあと、ケイはカメラのスイッチを切り、ジェニファーの方を見た。ジェニファーは微笑んでいた。強い疲労感が顔つきに表れていたが、その笑顔は晴れ晴れとしていた。 「ケイ、一つ問題を出すわ」 「何だい?」 「コロニーに着いて、まずしたいことは何でしょうか?」  ケイは考えた。ジェニファーは答えを言いたくて、うずうずしているように見えた。 「何だろう、ちょっと分からないな」 「ソニック・シャワーよ。体中がベトベトして気持ち悪いのよ。獣みたいな匂いもするし…。着いたらすぐにシャワーを浴びて、手足を思い切り伸ばして眠りたい」  ケイは吹き出した。「それはいいアイデアだ。僕も便乗させてもらいたいな」
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