44.スクープ

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 デイブからの返事を待たずに、ケイはすぐに簡易スタジオの準備を再開した。カメラは、画面の左側にケイが写るような位置で、カールのほぼ中央に立てた。ケイの右後方には、三角の小さな窓があり、火星の風景がわずかに望める構図になる。今は砂嵐で何も見えないが、外が晴れれば、コロニーを取り囲んでいる丘陵の稜線がシルエットを描くはずだ。アングルを決めたあと、カメラの無線伝送装置をオンラインにした。六時の次には七時のニュースが控えている。その時間帯には、各局のアンカーマンが登場する。一日のうちで、最も注目度が高く、競争の激しいニュース時間枠だ。ライバル局は、UNNが六時のニュースでスクープを流した後、一時間のうちに、火星開発機構から裏を取り、もっと詳しい内容を七時のトップにねじ込もうとする。ケイは七時枠の続報でさらにリードを広げ、完膚なきまでのスクープにしなければならない。 「こいつは凄いな、ジェフ」  デイブからの返信が届いた。神妙な口調だった。デイブがこういう話し方をするのは、集中力が極限に高まっている証拠だ。デイブが喋っている時間を逆算すると、六時のニュース開始まで、あと三分しかない。 「トップは時間的に無理だった。映像の編集に、あと五分ほどかかる。何とか二番手の直後に飛び込めそうだ。ガンと行くよ。残り十数分はこのニュースで全部埋めてみせる。ところで、七時台は大丈夫だろうな。映像でもレポートでも、どんどん送ってくれ。みんな興奮しているぞ」  ケイは騒然とした局の編集室を想像して、胸が熱くなった。「視聴者のために」という記者活動の建前はあるが、本音を言えば、自分のスクープに沸き立つ局の仲間を見る快感は何ものにも代えがたい。自分の取ってきたニュースが、同僚の記者やデスク、キャスター、編集作業のオペレーター、局にいる全員に興奮をもたらすのだ。UNNの編集室は、今まさに火星からのスクープに大騒ぎだろう。  スクープの端緒をつかんだ時、取材を重ねて真相に迫っている時、裏が取れた時、その記事を文章にする時、決定的な瞬間の撮影に成功した時、温めたスクープが放送された時―。記者は一つのニュースで何度も感動や興奮を味わうことができる。それが価値のあるニュースであればあるほど、得られる喜びは大きい。ケイは今、火星に来て良かったと、心の底から思っていた。
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