45.新しい命

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45.新しい命

 火星で二番目のコロニー・オリンポスに、最初の開拓者十人が到着してから、時が過ぎるスピードは急加速した。  コロニー建設で最大の障害になっていた砂嵐は、ケイたちが到着してから一カ月近く続いたが、発生から二カ月半後にやっと終息した。風が徐々に弱まり、赤い霧の隙間から空が顔を覗かせた。と同時に、火星の長い夏は終わりに向かった。夜の最低気温は、氷点下四〇度を下回り、昼間の最高気温も氷点下、所謂真冬日が続くようになったが、産声を上げたばかりのコロニーは、熱気に満ち溢れていた。  原子物理学者のMS(ミッション・スペシャリスト)のスチュワート・マクグレイスは、嵐が収まるとすぐに、キャメルに乗って、コロニーから十㌔ほど離れた場所にある核融合発電装置に向かった。マクグレイスには、BS(ビルディング・スペシャリスト)のペーター・バーグマンとマーカス・アンドレッティが同行した。三人はコロニーまでの送電路を構築するまでオリンポスには戻らない。次のマーズ・エンタープライズが、超伝導の「スーパーグリッド」用資材を運搬してくるまで、送電にはフロンティアでも使われているマイクロ波を使う。二人のBSは、マイクロ波をコロニーに届けるための中継施設や変電設備を、途中に数カ所作る必要があった。三人はこれから長い期間、キャメルの中や簡易ハブで暮らす。  一方、コロニーでは、民間人のクリフ・リチャーズが金属精錬工場建設の下準備を開始していた。地球の鉄鋼業だと、まず高炉を建設して、鉄鉱石から銑鉄を製造するのが定石だが、高炉はすぐにできない。その代わりにクリフが着目したのは、電解製錬法が適したアルミニウムの量産だった。コロニーの周辺には、比較的純度の高いボーキサイト鉱が確認されていて、原料となるアルミナが比較的容易に入手できそうだった。  同時に、リチャーズはチタンにも着目していた。チタンは不純物を取り除くために、塩化物を使うので、大きな装置が不要だ。高純度に精錬する最終過程では、チタンを含んだ化合物を真空下で加熱しなければならないが、真空状態を作り出すのも、大気が薄い火星の方が地球より簡単だ。大量生産は難しいが、小規模な製錬装置なら稼動できるというのが、クリフの見方だった。  有効な鉱床はまだ見つかっておらず、電力の消費量が膨大だというネックもあるが、構造材としての強度を考慮すると、アルミニウムだけだと心許ない。チタンの量産もコロニー発展には避けて通れない道と言えた。
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