45.新しい命

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 マクグレイスが核融合に成功したニュースを、ケイは現地からレポートした。  その日は、ケイたちがオリンポスに着いてから、一カ月近くが経っていた。その数日前、中国の「火星」1号機が火星軌道に乗っており、マーズ・フロンティアの的場誠一郎から一両日中に着陸しそうだとの連絡を受けていた。ジム・マディソンは「ならば、その日に核融合炉起動のニュースをぶつけてやる」と意気込んだ。もちろん、全員に異存はなかった。  「火星」は、ケイとジェニファーが取材のために、核融合発電施設に向かっている時、火星大気圏に突入してきた。ケイは乗っていたタンクを止めて、その様子を撮影した。 「これが史上最速の船か…」  赤い大気を切り裂くように落下する白色の火の玉を、ファインダー越しに見ながら、ケイは心の中でつぶやいた。 「いよいよね。中国がこれからどうでてくるか、ちょっと楽しみだわ」  隣で空を見上げていたジェニファーが、ケイの膝の辺りに手を置いた。 「楽しみ? こいつのお陰で随分苦労しているのに」 「でも、中国が『火星』を打ち上げてくれたから、オリンポス開発は早まったし、リン鉱石も発見できた。皮肉だけど、火星開発を新たな段階に押し上げたのは、間違いなく中国よ。これからも競争は続くわ。そして、どんどん厳しくなる。何が起こるか、ワクワクしてこない? ゴールド・ラッシュは一番乗りの争いがあるからこそ盛り上がる。ケイの仕事と同じよ」    ジェニファーが妊娠していることに気付いたのは、それから一週間ほど後だった。  逆算すると、妊娠したのはマーズ・フロンティアからオリンポスに向かう途中ということになる。ちょっと気まずかったが、ケイたちのそんな心配をよそに、オリンポスの住人は盛大に祝福してくれた。彼女もうれしそうな表情をみせていた。みんなは、わずかな食料を持ち寄って、ささやかなパーティーを開いてくれた。マディソンはどこに隠してあったのか、ウイスキーまで持ち出し、ジェニファー以外のみんなに振る舞った。 「アルコールは胎児に悪いから、君は我慢してくれ」  パーティーが始まるとすぐに、マディソンが演説を始めた。 「これでコロニーの人口は十一人となった。あと半年もすると、フェニックスがさらに二人を届けてくる。二年後には、この二倍や三倍になるだろう。いや、間違いなくそうなっていく。マーズ・フロンティアが火星の頭脳だとしたら、このオリンポスは、火星社会発展のために必要な資材を供給し続ける工場だ」  マディソンは上機嫌だった。
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