42人が本棚に入れています
本棚に追加
ケイは、そうした慌しい毎日の中にあって、自分の子供がジェニファーのお腹の中で成長しているという現実に折り合いをつけようともがいていた。ジェニファーは、妊娠が分かってからも、以前と同じようにタンクに乗って調査旅行に出掛けていた。たまにコロニーに戻っても、特別なそぶりは見せず、いつも通りだった。
ただ、以前と違っているのは、髪を元来のブロンドに戻したことと、表情や話しぶりが心なしか柔らかくなったことくらいだ。コロニーのメンバーは、子供の誕生を心待ちにしてくれた。出産はまだ半年も先のことなのに、マディソンでさえ「そろそろ仕事はセーブしなくちゃな」と言い出す始末だった。二人の子供は、コロニーが未来へと発展していく象徴になっていたのだ。
リン鉱脈を発見したジェニファーに、母国イギリスから最高位のガーター勲章が授与されるというニュースが届いたのは、火星の秋が深まってきた頃だった。
「これからは気軽に話し掛けられないな。『ディム・ハイド』とお呼びしなければならないですね」
マディソンはおどけて言った。
「やめてよ。これまで通りで結構よ」
「普通、勲章というのは、女王陛下から直接授与されるものだろう? でも、ここからもらいに行くのは、いささか大変だな」
「地球に戻ったら、次にいつ来られるか分からないわ。当分ここにいるわよ」
最初のコメントを投稿しよう!