46.悪夢

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 ジェニファーの亡骸は、タンクの後部座席に乗せられ、オリンポスに戻った。ビークルがよろよろとオリンポス・ゲートを入ってきた時、日は西の空に沈みかけていた。ケイも含め、コロニーにいた全員が与圧服で出迎えた。 「済まない。間に合わなかった…」  操縦席から降りてきたマーカス・アンドレッティが、ケイの前で肩を落とした。彼がジェニファーの亡骸を最初に発見した。 「ジェニファーは自分のお腹に手を載せて倒れていた。意識を失う最期の瞬間まで、子供のことを心配していたのだと思う。助けたかった。ジェニファーも赤ちゃんも」  アンドレッティが目にいっぱい涙を溜めているのが、ヘルメット越しに見えた。ケイは事故の一報を聞いた時も、彼女が助からなかったと無線連絡があった時も、この最悪の事態が起こったことを信じてはいなかった。何かの間違いだ。あのジェニファーが死ぬはずはないと思い込もうとしていた。しかし、アンドレッティの涙を見た瞬間、全てが現実であることを受け入れざるを得なかった。絶体絶命の大砂嵐でも生き延びたのに、なぜこんな簡単な任務で死ななければならないのか。ケイは深い絶望とやり場のない怒りに体中が震えた。頭から血の気が失せ、足元から力が抜けてその場にへたり込んだ。しばらくの間、立ち上がることができなかった。火星の中で、いやこの宇宙の中で、一人ぼっちになってしまった心境だった。
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