47.帰還命令

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 ケイは思った。ニュースの原稿にすると、ジェニファーの死は何と無味乾燥なのだろうか。彼女と過ごした濃密な時間に比べると、それは余りにも空虚で、抜け殻のような単語の羅列に感じられた。  ケイはUNNで記者となってから、これまでに数多くの死を取材し、原稿にしてきた。自分の仕事はこんなものだったのか。ケイはジェニファーの訃報を送信したあと、慄然とした。  ジェニファーを失ってから、ケイは何をするにも気力が保てなくなった。わずかばかり残っていた仕事への責任感も、ジェニファーの訃報を送信した瞬間に消え去ってしまった。  ケイだけでなく、コロニー全体も深い悲しみに沈んだ。キャメルが大きく損傷したので、修理が済むまでの間、ボーキサイト運搬の作業スケジュールは大きく後退した。だが、問題はそんなことではなかった。仲間の死に大きなショックを受けたメンバーは、時折ぼんやりと考え込み、集中力を失った。別の事故がいつ起きても不思議ではない状況だった。  マディソンは葬儀のあと、二日間の完全休暇を実行したあと、特に落ち込みの激しかったマーカス・アンドレッティとミヒャエル・バラックの二人にバギーの回収を命令した。往復で一カ月はかかる旅だ。アンドレッティはジェニファーを死なせてしまったことで、自分を強く責めていた。核融合施設から事故現場まで、常識的には到底無理だと思われるスピードで駆けつけたのだが、アンドレッティは自分がジェニファーを死なせたと思い込んでいた。 「ジェニファーを失ったのは、辛い。しかし、それを乗り越えなければ、我々に未来はない。いつまでも悲しんでいる余裕はない。この任務で自分を取り戻して来い。もし、あの時にバギーがあれば、ジェニファーを救えたかもしれない。どんなに注意しても、事故は必ず起こる。大事なのはその後だ」  マディソンは二人に言い聞かせた。  二人はバギーを格納した「コバヤシ谷」に向かうため、タンクの整備と改修に取り掛かった。出発は三週間後の予定だ。  ケイは事故から数日経っても、カールでじっとしていた。外にはほとんど出ていない。地球との交信は滞り、ニュースの送出も皆無に近かった。デイブからは催促の通信が日に何度も届いたが、返答するのは三度に一度程度、しかも極めて短い返信だけだった。マディソンやピカールは、ケイを心配してカールに何度も姿を見せ、励ましたり、叱咤したりした。しかし、ケイは心の中に空いた大きな穴を埋められずに、カールでただじっとしていた。
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