47.帰還命令

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 マーズ・エンタープライズ2号機が火星の高周回軌道に乗ったという一報が届いたのは、そんな頃だった。  2号機から火星に降りてくる四人は、観光客二人も含めて全員がマーズ・フロンティアに行くが、オリンポスには金属工場の主要装備やスーパーグリッド電送路を構築するための機材が大量に届く。もし、ジェニファーの事故がなければ、今ごろは2号機到着の取材準備に忙殺されていたはずだ。しかし、ケイは事故の後、2号機のことをほとんど考えもしなかった。 <この星では誰でもチャンスがつかめると思うわ>  ジェニファーはかつてこう言った。様々な幸運と偶然に恵まれたことあって、確かにケイはジャーナリストとして、この星で成功をつかみかけたかもしれない。特に、リン鉱脈発見の一報は、火星開拓史上最大と言ってもいいスクープとなった。  「しかし」とケイは思った。ジェニファーを失った今、数々のスクープはケイにとって何の意味もなくなった。冷たい丘に眠るジェニファーと子供のことを思うと、ケイには自分の成功すら疎ましく感じた。  2号機がカプセルを投下するのは、四日後だと決まった日の朝、デイブから長いメールが届いた。 <ジェニファーの事故は本当に残念だ。いくらお悔やみの言葉を言っても、言い足りない。僕も一度、ジェニファーに会いたかった。素晴らしい女性だったんだろうな、きっと。  ケイが落ち込むのは当然だ。しかし、友人として、これだけは言わせて欲しい。この悲しみから早く立ち直らないと、君自身が駄目になってしまう。ケイのそういう姿は見たくない。局では、君の後任選びが話題に上り始めた。精神的なダメージを抱えた記者を、重要な取材拠点に置き続ける訳にはいかない事情を、君なら理解できるだろう。このままだと、一年半後に出発するエンタープライズで、代わりの記者が派遣される。君は帰りの便で帰還しなければならない。  それは君の本意か? ジェニファーを失った悲しみに沈んだまま、火星を去ることになってもいいのか? ニューエンダイク局長には、ケイが体調を少し崩しているだけだと報告してある。局長はすべてを理解して、この苦しい言い訳を飲み込んでくれた。だが、ニュースの送出本数がこの調子だと、いずれ上の方は、君を回復不能と見なすだろう。テレビ局は巨大な組織だ。火星派遣ともなると、開発本部も含めて、複雑な政治力学もからんでくる。一度帰還命令がでてしまったら、ひっくり返すのは難しいぞ。重ねて言う。このまま火星を去ることになっても、いいのか。それをジェニファーは喜ぶだろうか、よくよく考えて欲しい>
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