47.帰還命令

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 ケイはデイブのメールを何度も読み返した。だが返信は送らなかった。いや、送ることができなかったのだ。心配する気持ちは痛いほど分かった。しかし、ケイには、それに応えるだけの気力が湧いて来なかった。 <本当に今のままでいいのか>  いいはずがないのは分かっている。ジェニファーも、今のケイの体たらくを見たら、横面を張り飛ばすくらい怒るに違いない。だが、何をしようとしても、目の前にジェニファーの笑顔が浮かんできて、集中力が保てない。気持ちが前を向けないのだ。 <精神的なダメージを抱えた記者を、重要な取材拠点に置き続ける訳にはいかない>  皮肉なものだ。ケイが地球を発つ時には、火星は目ぼしいニュースの少ない所と見られていた。大きなミスをした記者を飛ばすには絶好の隠れ家だったのだ。それが今やスクープの宝庫だ。ちょっと動き回るだけで、その辺にトップニュースが転がっている。  だが、そんな最前線にあって、今のケイは入社一年目の記者より使えない。2号機が大量の物資を届けると、オリンポスのコロニー開発は新しい段階に突入する。BSの二人は、スーパーグリッドの敷設に取り掛かる。それが完成すれば、コロニーへの送電能力はさらに上がる。クリフも早晩、アルミニウム製錬ラインを本格稼動させる。数カ月後には、アルミ合金の圧延板が日に何十枚も生産されるだろう。これまでに焼き固めた煉瓦とアルミ板で、工場の外壁や幾つかのハブが築かれるに違いない。  十カ月後に火星に到着するマーズ・フェニックスは、火星に降りる二人を全てオリンポス向けのBSに割り当てることになっている。BMIサイボーグも新型がさらに二体届く。貨物積載量はエンタープライズの半分しかないが、建設資材やハブ、工作機械など貨物の大半をオリンポスに振り向けるのだ。  火星開発の最前線は、今やオリンポスに移った。ケイがいるのはそういう場所だった。カールに閉じこもっている暇など全くないはずだった。  だが…。ケイは自分の弱さにもとことん嫌気がさしていた。
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